66.きみのためにできること

瞼に焼き付いた光景は、ふと気を抜いた瞬間に蘇る。
まるで何十回も同じ映画を見ているかのようだ。
寝ても醒めても見える悪夢からは逃げ場が無い。
自分のキャパシティで受け止められないほどのおぞましさ、醜さ、恐ろしさに触れた代償だ。

「ボンゴレはいいもんのマフィアって言われたの、少しは信じてたなぁ」

マフィアの中では規律が守れているほうだとか、
全員が悪い人っていうじゃないとか、そんな理屈があるかもしれない。
けれど私にとっては大差がない。
性格ではなく能力として強制的に"感受性が強い"私は、危険なものととことん相性が悪い。

能力を振りかざして、ヒーローみたいになんでもかっこよく解決できたらいいのだけど、
私には荷が重い。
ひとつやふたつ、他人と違う個性があったところで私の中身はありきたりだ。

他人の残酷な過去を見て知ったところでどうしようもない。
足掻いても喚いても過去は変えられない。私は見聞きするだけで手出しできない。
目の前で、誰が泣いても傷ついても呻いても血を流して嘆いても
死んでも殺されても手を伸ばしても私は無力にそれを知るだけだ。

誰の痛みにも触れることができる、すべて見てくることができるなんてただ損なだけだ。
受け止められない闇が巣食う。蝕まれて、悪夢を見る。怖い。暗さが嫌で電気を付けた。

これから先、どうなっていくのだろう。私は耐えられるかな と 漠然とした不安を抱いた。
ただ怯えず安らかに眠りたいだけ、身の丈にあった幸せがほしいだけなのに、
危険な世界はきっと 布一枚隔てたようなすぐ近くにある。
願わくは、一時の勇気に反動に耐えきれるだけの強い心が欲しい。





怖いからいとしい人に会いたい。
痛みを痛みだと言わない人の近くにいたい。
単純な願いは、しかし叶わない。

恭弥はもう何日も応接室に来ていない。
仕事を"任されている"と言えば聞こえはいいだろうけど、
寂しいし、つまらないなぁって思う。

最初のほうは報告だけでも聞きに顔を見せてくれていたのに。
今はそんな暇もなく夜中までディーノさんと戦っているみたいで、屋上はボロボロだ。
どうしてそんなことをしているのかわからないまま、
口ぶりからするとディーノさんは恭弥を鍛えているみたい。

雲の刻印の指輪を投げ捨てておいて訓練は続けているってどうなんだろう。
あんなにマフィアの歴史がこびりついていたのだから、結構大切なものだったはずだ。
それを一時の私の安全のために処分してよかったのかな。
指輪はいらなくても、非日常は欲しかったんじゃないの?
ディーノさんは恭弥が指輪を捨ててしまったって知ってるんだろうか。
黙ったまま戦えるだけ戦って、ばれて怒られようと恭弥は興味がなさそうだ。

ディーノさんが来てこんなに急に訓練しなきゃいけないほど危険な何かが、
非日常があるのだろうか。

これから何が起きるの?
何が起ころうとしていて、何に巻き込まれるの?

何も知らず何も考えなければ、表面上は静かで平和な学校生活が送れるのに、
ざわざわと不安が募る。
恭弥はきっと非日常の戦いを好み、危険を楽しむ。残念ながら、私とは違う。

私が平穏を望もうとも、起こってしまうことは起こってしまう。
せめて事情を知っておかなきゃいけない と 思うのは、たぶん好奇心ではない。
身近なところでこれから起きることにまで目を瞑って、
いざ何かに直面したり手遅れになってから後悔するのはもうこりごりなんだ。
うずくまって自分だけ守るよりも多くの物を必要としてしまったから。

沢田君をつかまえて事情を聞こうと決めた。
ディーノさんのことも、あの指輪のことも、
ボンゴレというマフィアの十代目だという沢田君が絡んでいるに違いないんだ。

A組の教室に行っても見当たらず、聞けば、
沢田君も山本君も獄寺君も数日前から学校を休んでいるという。
「お兄ちゃんも様子が変なの。かえでちゃん何か知ってる?」
京子ちゃんがそう言ったから、「恭弥もなの」と伝えた。

このタイミングで、休んでいるなんて怪しい。やっぱりそうだ、と思った。
恭弥が特訓しているように、きっと何か準備をしているんだ。

ディーノさんに聞くとか山本君に電話するとかも考えたけど、
恭弥の邪魔はしたくないし、やっぱり正確な事情を問いただすのは沢田君がいいかなと思った。
私、沢田君に対しては不思議と気が大きくなるというか、強く出られるんだよね。
ダメツナって呼ばれてた印象の名残かなぁ。

沢田君の家なら六道骸との戦いで助けを求めて行ったことがあるから場所がわかる。お見舞いの口実でチャイムを鳴らすと沢田君のお母さんが出て、
要件を伝えたのだけど不在だと言われた。
久しぶりに帰ってきた沢田君のお父さんとリボーンと一緒にどこかに行っているらしい。

どうしよう、ここまできたら追跡しようか?
忌々しい力だ、使いどころを考えなきゃ私のためにならない。
不可抗力の出来事に巻き込まれるばっかりだったけど、今は必要なときだと感じた。
場所を特定した言い訳は風紀ネットワークとでも言えばどうにかなるだろう。

"見て"みると今朝彼らが出発した方向は私の家と方向が近かった。
制服のまま単独行動には抵抗があったこともあり、
一度家に帰って私服に着替えることにした。

動きやすい格好で、防犯グッズも装備して出発だ。
自転車だから距離は苦にならない。曲がり角のたびに止まって方向を確認する。

森に入る手前で自転車を停めて歩くことにした。
突然爆発音が聞こえて、振り返ると獄寺君と保健室のシャマル先生が見えた。
あの二人もか……と思ったけど、獄寺君に会うと面倒なので先を急ぐ。

そうして辿り着いた森の奥、崖の手前の開けた場所。
沢田君と外国人っぽい男の子が額にそれぞれ赤と青の炎を宿して戦っているのが見えた。
見知らぬおじさん……沢田君のお父さんかな?とリボーンがそれを見守っている。
声を掛けようとしたらリボーンは振り向いて言った。

「内藤かえで。なにしにきた?」
「今なにが起きているのか、恭弥がどうしてディーノさんと戦っているのか、教えて。
あの雲の刻印の指輪はボンゴレの重要なものでしょう」
「おめーには関係ねぇぞ」
「関係なくない。私の大切な人を巻き込んでおいて、関係ないなんて言わないで」

私だって、恭弥が負けるなんて思ってない。
この胸騒ぎもきっと杞憂だ、そうあってほしいって思う。
だけどあの人は身体がボロボロになっても決して屈せず戦い続けるのがわかってるから、
どんなものにも向かっていきそうで、また大きな脅威が立ちはだからないか心配なのだ。

「リボーン、こちらのお嬢ちゃんはどちらさんだ?」
「……沢田君の元クラスメートで、内藤かえでと申します」
「雲雀のこれだぞ」
「そうか……。俺は沢田綱吉の父で、沢田家光だ」
「はじめまして、こんにちは」

礼儀の良いふりは大切だと思って、お辞儀をする。
家光さんは見定めるように私を見てから、口を開いた。

「雲雀恭弥にはツナの守護者の一端を担ってもらう。雲の刻印の指輪はその証だ」
「守護者?」

「家光」とリボーンが制止をかけるが、「いいじゃねーか」とざっくばらんに言って続けた。
ようするに沢田君はボンゴレの次期ボス争いをしているらしい。
刻印のついている指輪は7つあり、代々ボスとその守護者に認定された6人が持つ。
敵方も同じ数いて、それぞれの指輪の片割れを持っていて、
ボスとその守護者の座を奪いにくるからそれに対抗するために訓練をしているそうだ。

「……似合わないなぁ」

恭弥が"守護者"として誰かの下につくというのも、
"守る"というのも、それが沢田君だというのも、そんな戦いに協力するというのも。
まぁあの人には協力しているつもりがないんだろうな。

そんな指輪なら、「捨てた」じゃ沢田君たちは困る……よね。もちろん。

――恭弥がボンゴレの守護者にならないなら好都合?
――ボンゴレなんかにかかわらないでほしいから知らんぷり?

それでいいの? 私は何を望む?
迷っているのは、諦めたり中途半端に自分を納得させて無数の後悔をしたからだ。

考えている間にリボーンが「休憩だ」と沢田君たちに近づいていた。
家光さんはいつのまにか姿が見えない。
私を見留めると沢田君は驚きの声を上げた。
沢田君と戦っていた男の子には会釈されたから会釈を返した。

「なんで内藤さんがここにいるの!?」
「風紀ネットワークだよ」
「――内藤殿と仰るのですね。拙者はバジルと申す者です」

やたら古風な口調で驚いた。
さっきと同じようにきっちり名乗り返して、また沢田君を見る。

「ねぇ、沢田君は本当に"ボンゴレ"の"ボス"になりたいの?」

ボンゴレというマフィア組織に伴う闇は本当に恐ろしい。
私たちはただの中学生でしょう。
ソレは平凡な私たちの望む平穏とはかけ離れたものだよ。
沢田君はようやく意見を聞いてくれる人が現れた!と顔を輝かせた。

「俺は十代目になりたくないし後継者争いも納得してない!」
「じゃあどうして、しなくてもいい戦いをするの」

沢田君は以前と変わってないようだ。
争っているものがほしくないなら相手にあげてしまえばいいんじゃないかと思う。

「だから戦いたいわけじゃないって!」
「じゃあなんで訓練なんかしてるの」
「そうしなきゃヴァリアーに殺されるからだよ!」

敵のヴァリアーというのは本当に危険な集団らしい。
実感が湧かなかったので沢田君に手を貸して と頼んだ。
躊躇いつつも特に断る理由がないのか、沢田君は手を伸べたから、それを両手で包んだ。

余計なものを見てしまうというリスクがあるけど、
きっと沢田君程度の過去なら大丈夫 という変な先入観でリスクが消えるよう念じる。
覗き見てしまうこと、いつか本当の意味での謝罪したい。


 高層ビルの聳え立つ狭間で長い銀髪の剣士とバジル君が戦っている。
 山本君と獄寺君が向かっていって倒されて、沢田君も。
 ディーノさんが仲裁に入ってどうにかなったみたいだけど……。


「……戦わないとみんな危ないんだ」

そんな危ないことがあったんだ。
危険だとか、危ないとか、やめたほうがいいとか。
そんなことは本人が一番わかっているんだ。

――六道骸のときと同じだ。

沢田君は、勇敢なわけでも楽観的なわけでも無謀なわけでもなくて、
平凡でありながら非凡なものに問答無用で巻き込まれて、迷惑で。
でも大切な人のために頑張ろうとしているのか。

すとんと胸に落ちた、きっとこれは共感と好感だ。
それなら沢田君に味方できる。
ボンゴレのことは嫌いだけど、沢田君のことは嫌いじゃない。
いつか恭弥の気が変わったとき、応援できる。そのために私にできること。

探し物は得意だ。


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