猫とぬらりひょん。
「ふん〜ふん〜、ほいっと」
人混みの多い街中をぬらりくらりとかわして堂々と歩くは奴良組の総大将ぬらりひょん。
手には一振りの桜の枝。
花のない、その枝を手持無沙汰にくるくると回しながらその妖は街を歩く。
目的はない。
気が向くままに京を散策しているだけ。
そんなぬらりひょんの視界に、ふっと白い小さな姿がかすめた。
それは本当に一瞬のことだったが、ぬらりひょんは目を見開いてその白い影を追った。
脳裏に、何十年も昔のことを思い出しながら。
さて。今日の昼寝はこの縁側が良かろうか。
主のいない、さびれた家の縁側でぐぐっと伸びをしてくるりと丸くなって眠りにつこうとしたときだった。
「白い…猫」
「んにゃ?」
真上から声が聞こえて、耳をぴくっと動かして重たい頭を持ち上げた。
覗き込むように見つめるのは昇りかけの月のような綺麗な金色の瞳。
その自分を見つめる瞳が、動揺するように揺れ動いているのを見て私は首をかしげる。
「のう、おぬし…」
私が丸まる縁側に腰を掛けながら、その男はゆっくりと口を開いたが、その先が見つからないように何度か口をぱくぱくとさせてからふうっと大きな溜息をついて頭に手をやった。
「いや、どうかしておるな、儂は。確かに珍しい猫じゃが、あの猫と逢ったのはもう何十年も昔のことじゃ…」
そう言って、男は切なそうに目を細めた。
「貴船の龍神さんは、確か…白尾、と呼んでいたか」
「にゃ?」
にゃんといった?この男。
私の名前を知っているうえに、私の友のことまで知っている?
うーむ。
うーん、うーん。
どこかで会っただろうか。
いんや、記憶にない。
何百何千と生きている記憶の片隅にでも埋もれてしまったのだろうか。
私が、そう頭を悩ませているとその男がふわりと私の頭を撫でてきた。
その手がなかなかに心地よく、私は景気よく喉を鳴らしてやったのだった。
そうして日が暮れるまで男と一緒に縁側で和んでいたのだが、私はふと顔をしかめて崩れた生垣の上を見る。
いつの間にやら、私たちを取り囲んでいる数多の黒い影。
「見ろよ、あいつ最近噂の奴良組の総大将だぜ」
「一人でいやがる!こいつの首を取ったら俺らの名が一気に広まるぜ」
「ひっひ!やってやろうぜぇ!」
「いくぞぉおお!」
そんなやり取りの後に、妖怪たちはこちらへ飛びかかってくる。
はてさて。目的はこの男か?と隣の男を見て私は久しぶりに驚いた。
「おもしれぇ。かかってきな」
桜の枝を懐にしまって刀を取り出して笑った男の妖艶なこと。
そして、遅れながらも、ああ、こいつも妖怪だったのか、と理解する。
そして視界に翻ったのは、高く昇った月のような銀色の長い髪。
そして、次々に敵を切り伏せる見事な太刀筋。
「ふん。つまらねぇなぁ。しまいかい?」
あらかたの妖怪が地に伏せたとき。
男の後ろの地面がぼこりと盛り上がった。
「げっはぁ!油断したなぁあ!?」
飛び出るは回虫のような妖怪。
それを振り返った男の見開いた瞳が鮮烈に脳に焼き付いて、鮮やかに埋もれていた記憶が蘇った。
なんと。
なんと、面白い。
「にゃはっ!」
地中から飛び出て男を襲おうとした妖を一瞬で消し去り、私は歓喜の声を上げる。
「にゃはは!」
にゃんと、いと可笑しきことか。
あの青臭い、若く無鉄砲な妖怪、ぬらりひょんが。
まことに京に戻ってきおった。
ぽーん、ぽーんと男の周りを跳ねながら私は笑う。
「な、なんだぁ?」
あっけにとられる男の懐から枝葉の桜の枝を咥えて私はにんまりと笑う。
「にゃ〜お」
「お、おい、待てっ…」
しかも奴良組とやらの総大将だと。
「にゃにゃん」
追いかける男の腕をかいくぐって私は逃げる。
「にゃ」
最後にもう一度男を見て鳴いたあと、私は薄暗い路地を駆け抜けていった。
このおもしろきことを友にも伝えよう。
山で身ごもっている我が友に。
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