猫と珱姫。



「おーい!来てみてよ!不思議な猫がいるよ!」

餓鬼の甲高い声が心地の良い眠りについていた私の頭に響く。

次いで、つんつん、と何やら尖った物…恐らく木の枝であろうが、それで私の体をつつかれる。

ああ、煩わしい。

それに、尻尾をふさり、と振ることでやんわりと拒絶したつもりが、余計に餓鬼を図に乗らせてしまったらしい。

「ねえ、とっちゃん!来てよ、この猫!見たことねぇ長い毛してる!」

「ん?どーした、小吉。とおちゃんは商いで忙しいんだぞ」

「ちょっとだけでいいからさ!ねぇ、そこのおじさんも見てよ!」

―ざわざわ

餓鬼の寄せ集めた人だかりが私を囲んだのを感じて、私は仕方なく首をもたげる。

ぱちりと目を開けると、眩しい陽の光とともに、たくさんの人影がこちらを覗きこんでいるのが見えた。



「おい…、この猫、両目で色が違ぇぞ?」

「青い目だぁ…!しかもこんな長い毛を持った猫なんて今まで見たことも聞いたこともねぇぞ」

「妖の類でねぇか?恐ろしい…」


ああ、煩わしい、煩わしい。

この私のことをどう言おうが勝手だが、心地の良い昼寝を妨げるとは何たる無礼。

一番近くで私を見る坊主に私は鼻に皺を寄せて唸る。

すると、威嚇したはずの坊主ではなく、周りの大人たちがうろたえる。

「おい、小吉。こっちへ来るんだ」

「佐助どん、網を持ってきてくれ」

「こいつは妖に違いねぇ!最近肝が喰われてんのもこいつの仕業だ!」

なんと。

愚かな奴らめ。

あのような血なまぐさい生き肝信仰を私のせいにするとは。

まったくもってけしからん。

ぐっと伸びをして私は立ち上がる。

このたわけ共が。ここの夜の見回りはやめだ。

大層機嫌を損ねて、その場を後にしようとした私を引きとめたのは、小吉とか言われた坊主だった。

「なぁ、とっちゃん達は気味悪がってるけど、おら、お前ぇから不思議なものを感じるんだ。もしかして、妖じゃなくて神様じゃないのか?」

「にゃうん?」

ほう、なかなかに聡いことを言う子だ。

少し機嫌を直して、私は小吉の足に体をこすりつけた。

私の昼寝の邪魔はしたが、なかなかに素直で良い子だ。

やれ。仕方ないからこの坊主に免じてここの見回りは続けてやるとするか。

そんなことを思いながら、小吉から離れたときだった。


―バサッ

「つ、捕まえた!」

「この野郎、今小吉に何かしてたぞ!」

「きっと、次に肝を喰う印でもつけたに違いねぇ!」


突然視界が網で遮られて、私はしっぽを不機嫌にぶんぶんっと振る。

しかし、その時にはすでに大人達が手に手に鍬や棒を持って私を取り囲んでいた。

やれ。面倒だ。

そうっと私を捕まえようと伸びてきた手を腹いせに噛んでやると、男は悲鳴をあげる。

「か、噛みやがった!」

「くそ!もうこのまま叩き殺してやろうか!」

そんな言葉とともに棒が振りあげられ、私は内心ため息をつく。

昼日中からこのような状況どうするべきか。

しゃー、と威嚇で唸っても逆効果だったようだ。

そのとき

「おやめなさい」

凛と、しかしどこか儚い声がその場の動きを止めた。


「よ、珱姫様!?」

「珱姫様だ!なんと、有難や!」

手に持っていた棒を落として、人間達が一人の女に頭を下げ始めた。

「この猫が一体何をしたというのです。無駄な殺生は良くないですよ」

そう言って、珱姫、と呼ばれた女が私にかかっていた網をぱさりと払ってその手に私を抱いた。

「し、しかし、珱姫様…!その猫、目が片方青いんです…!妖だと、珱姫様が危ないです!」

その言葉に珱姫はくすりと笑った。

「目が青いだけで、妖だと決めてかかられては猫さんが可哀想です。ほら、こんなに暖かいのに…」

そう言って優しく撫でられ、私はごろごろと喉を鳴らす。

うむ。なんと気持ちの良い姫だ。

それに、ふむ。

何やら不思議な力を感じるな。

時々、人にも神に通じる力を持つ子が生まれるが、もしや。

そんなことを思っていると、大きな声が聞こえてきた。

「珱姫様!何をしておられるのですか!」

その声に、珱姫は肩をびくっと震わせるが、聞いたことのある声に私はぐっと首を伸ばす。

…と。

「にゃんにゃ?」

あのつるぴか頭は花開院の是光ではないか。

是光は、私に気づくことなく一直線に珱姫のもとへやってきてため息をつく。

「珱姫様、お屋敷から出たのは、ここまで来れない患者を癒すためだけです。このように道草をされては困ります」

「は、はい…。すみません」

しょんぼりと俯く珱姫。

「父上様も心配しておられます。さ、早くお屋敷へ…、ん?」


その時、ふと是光が桜姫の腕の中の私に気がつく。

「白尾ではないか」

「にゃ」

驚く是光に挨拶を返すと、珱姫も同じく驚いたように目を見開く。

「あ、あの、この猫のこと知っているのですか?」

珱姫が声をあげると、それに是光は曖昧に頷く。

「栗羊羹が大好物の、猫です。どうして珱姫様が…?」

「不思議な目をしていると、皆に殺されそうになっていたので…」

珱姫がそう言うと、様子を窺っていた人間達が慌てふためく。

「い、いえいえ!妖かと思ったんですが…、陰陽師様が知っている猫なら大丈夫ですよね!」

「す、すいませんでしたぁあ!」

そう言ってそれぞれの店に戻っていく人間達を、私は呆れた目で見送ったのだった。



「白尾さん、私の屋敷はこのすぐ上です。良かったら遊びに来て下さいね。栗羊羹も用意しておきます」

そう言って綺麗に笑った珱姫は、是光とともに屋敷の中に消えて行ってしまった。

ふむ。これからちょくちょく珱姫のもとへ遊びに行くのも悪くはあるまい。

栗羊羹も用意してくれると言っていることだし。


ついでに、まぁ。

ここらへんの見回りを強化してやっても、いいか。


珍しく昼日中からの騒動だったが、まぁ、悪くはなかった。

そんなことを思いながら、私も次の寝場所を求めてふらりと町中に消えていったのだった。





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