猫と秀元と是光。
ぽたり、と鼻先に水滴が落ちて私はぶるぶるっと顔を振る。
雨宿りをしている民家の軒先にも穴があいていて、しとしとと降っている雨の粒がぽたりぽたり垂れてくるのだ。
ふさり、と尻尾を振って私は考え込む。
雨に濡れて私のこの艶やかな毛並みがしぼんでしまうのは些か風情がない。
今宵は外へ出るのは諦めてあそこへ向かおうか。
「白尾ちゃん、来てくれはったんやねぇ」
高い壁をひょいっと登って、立派な屋敷に入った私は迷わずにある部屋へ向かう。
その部屋にかかる簾を顔で押し上げて中へ入ると、早速この声が聞こえてきた。
その声に答えるように彼の手にすり寄ると、彼は私の喉下をさすってくれる。
「あ、せや。白尾ちゃん、栗羊羹好きやったなぁ。丁度今日もろうたところなんだわ」
ごそごそと辺りを探す秀元の言葉に私は思わず喉を鳴らす。
やはりここへ来て正解だったな。
濡れないし、暖かいし、栗羊羹も食べれるわけだ。
実に居心地の良い場所だ。
「さ、白尾ちゃん。ボクの膝へおいでぇ」
…。
これさえなければ。
秀元は異様な猫好きのようで、ここへ来ると毎回無理矢理膝へ乗っけられて…
「うはああ!やっぱり白尾ちゃんの肉球はたまらへんなぁ」
永遠と肉球をぷにぷにと触られ続けられるのだ。
「なーぉ」
最初こそ抗議するのだが
「ええ声しとるねぇ。流石白尾ちゃんやわぁ。あ、もっと栗羊羹食べる?」
まぁ、褒められるのに悪い気はせず、この調子でいつも押し切られてしまうのだ。
はて。今日も一晩中肉球をぷにぷにされ続けられるのか、と諦めかけたとき…
「秀元ぉおお!!」
簾を乱暴にばさりと払いのけた救世主は…!
「あれ?是光やん。どしたん?」
そう!是光!
彼はたまらん。
あのきらきら光るよく動く頭が猫の本能をくすぐって仕様がない。
うずうずしおるわ。
「やはり…!お前、また猫を屋敷内に入れたな!」
ぷるぷる体を震わせた是光がだん!と壁を叩く。
「オレが猫を苦手だと知っているだろうが!いい加減に猫を餌付けして屋敷へ呼び込むのをやめろ!」
うずうずうず
「なぁに言ってんのん、是光兄さん。白尾ちゃんのこの可愛さを見てもそう言えるん?この子はなぁんも悪させんし…」
―…ばっ!
「うわぁああ!」
「あらあら、白尾ちゃんったら…」
もう我慢ならず、そわそわと動く彼の頭に飛びついてしまった。
「く、くそ…!やはり猫という奴は…!どいつもこいつもオレの頭に飛びついてきやがってーー!!」
「それは兄さんが悪いとちゃいますのん?つるっつる頭やから」
「キャハハ」
「つるつる頭ぁー」
秀元の式も合わせてくすくすと笑う。
「くそっ!この猫つまみだしてくるぞ!」
是光は私の首根っこを掴まえてどすどすと足音荒く秀元の部屋を出ていってしまった。
ああ、楽園が…
是光に首根っこ押さえられたまま名残惜しそうに見るが、秀元は部屋から出てくるつもりはなさそうだ。
「ほれ、出てけ」
台所の裏口で扉を開けて是光に言われる。
外は相変わらずの雨。
「なおぅん」
外と中を交互に見て鳴く。
しかし
「ダメだ。うちは猫は飼えん」
きっぱりと首を振る是光。
「なうなおぅん?」
「だ、だめだといってるだろうが…!」
仕方なく、とぼとぼと外へ向かって2、3歩歩いてから振り向く。
「にゃおうん」
「くっ…!」
よし!もうひと押し!
「にゃん…」
さもお腹がすいた、というようにごろりと惨めに寝そべってみる。
「…っ!」
拳を握りしめ、ぷるぷると体を震わせた是光は…
「…!仕方ない!今日は雨だからな!」
そう言って私を抱え上げて屋敷の中へ入っていったのだった。
「ほれ。栗羊羹だ」
「にゃおん」
暖かい部屋に美味しい栗羊羹。
それから、是光の暖かい膝。
肉球を無理矢理触ってこないそこはとてもとても暖かな場所だった。
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