猫と牛鬼。

号は慶長。
太閤秀吉の死後、覇権を握った徳川家と豊臣家の戦が目前に控えており、京には立身出世を狙う浪人であふれたいた。

そして、また人ならぬ者どもも、己らの天下取りを目指して京の都に集結していたのだった。


※※※


―洛西 島原

「飲めや、歌えや!」

「踊れぇ!納豆小僧、それ踊れ!」

宿場から漏れ出る明かりと愉快な笑い声に相当な宴が催されているのだと推測される。

しかし、その宴を開いているのは異形のものばかり。

その中心にいる男がすっくと立ち、酒の器を掲げる。

途端にその場は水を打ったように静かになる。

「いよいよワシらは京入りを果たした。狙うは頂点…、魑魅魍魎の主よ!お前ら、しっかりワシについて来い!」

威勢よく言い放ったは、関東の妖怪任侠総大将、ぬらりひょん。

彼の言葉で宴は一気に盛り上がる。

「いよっ!大将!」
「どこまでも着いていきますぜ!」

そんな騒ぎの中、髪の長く、大柄な男が静かに席を立った。






「ふぅ。少し呑みすぎたな」

宿を出て、男―牛鬼は空を見上げた。

空には一面の星が輝き、牛鬼は思わず小さくため息をついた。

星空に己の大将の行く末を思い浮かべて牛鬼は満足げに微笑む。

「とうとう、京まで来たか…」

感慨深い呟きが吐息とともに宙に消えた。

「必ずや、我らが総大将を魑魅魍魎の主に…!」


「にゃーあ」


己に言い聞かせるように強く言った言葉に思いがけず気の抜ける相槌が返され、牛鬼は思わず声のした方を見る。

「…白猫?」

足元から己を見上げていたのは、少し珍しい姿形をした猫だった。

白い毛は、今まで見たこともないようなふんわりとした長い毛。
じっと見つめる瞳は、金と青の異なる色。金眼・銀目と呼ばれる希少な猫だ。

そのなんとも不思議な猫は、牛鬼の足に頭をこすりつけてなおん、と啼く。

「なんだ?…餌が欲しいのか?」

ふむ、と少し考えた牛鬼は懐を探る。

すっと取り出したのは、小さな紙包み。

かさりと開けて、中に入っていた酒の肴の豆を地面に置く。

しばし猫は牛鬼を見つめていたが、お礼のようになふ、となくとはぐはぐと豆を口にする。

その姿に、牛鬼は腰をかがめてそっと手を伸ばす。

ふさりとした毛に手をすべらせれば、想像以上の柔らかさに思わず頬が緩む。

猫の首辺りを撫でてやると、猫はごろごろと喉を鳴らして気持ちよさげに目を細める。

ふと、手に紐のようなものがあたり、牛鬼は首を傾げながらそれを手繰る。

猫の首にかかった紐には小さな木札がついており、字が彫られていた。

「白尾…?お前の名か?」

字を読めば、白猫がなぅ、となく。

「…そうか。良い名だ」

「にゃおん」

そう言えば、白尾は嬉しそうに答えた。



しばし、牛鬼は白尾と戯れていたが、突然ガララッと宿場の戸が開いて、ぬらりひょんが顔を見せた。

「おう。どうした、牛鬼?もう酒に酔ったのかい?」

「ああ、いえ。ここに…」

猫を見せようとしたが、いつの間にか白尾は消えていて牛鬼は首を振る。

「いえ、なんでもありません。少し、風にあたっていたのです」


「そうかい。ならば戻ってこい。面白い見せモンが始まるぜ」


ぬらりひょんの言葉に頷いた牛鬼は宿場の扉をくぐる。

一瞬振り返った視界の片隅に、ふさりとした白い尻尾が見えた気がした。



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