猫と妖怪。



「はぁっ、はぁっ…!」


夜の静寂に荒い息使いが響く。

「たす、助けてっ…!」

赤子を抱いた女の必死な助けを求める声が誰かに届くことはなく、やがて大きな影に立ちふさがれる。

「あ、あぁっ…!」

畏れおののいて見上げる女に、影は歪に笑う。

「も〜ぅ、逃げられないぜェ〜?」

さらに幾つもの影が暗闇から現れて女を囲む。

「お、願い…!今日は、この子の七夜の祝いで…!今日、名前が決まったばかりなんです…!」

「ん〜?生まれてようやく7日目ってかぁ?そりゃあ…」

影からちろりと血のように真っ赤な舌が覗く。


「うまそうだぁ」


「!!」

女が目を見開いた、そのとき

ガタッ

近くで物音がした。

「だ、誰か…!助け…」

人が来てくれたのか、と女が振り返った先には一匹の白猫。

家の隙間から現れた白猫は、とてとて…と女と妖怪の間を呑気に歩く。

「ね、ねこ…」

女の顔が絶望に染まり、影が嗤う。

「残念だったなぁ!助けは来ねぇぜ!さぁ!!」

影がべろりと舌なめずりをした。

「生き肝ぉお!よこせぇええ!!」

尻もちをついた女に複数の影―妖怪が飛びかかる。



「きゃぁああ!!」

女が思わず目を瞑った瞬間

「にゃっ!」

短い悲鳴が聞こえた。

妖怪が、間にいた猫の尻尾を踏んだのだが、それを気にする者はいない。

ましてや、その猫が妖怪を睨んでいたことなど誰も知らなかった。

「喰ってやるぅうーー!!」


妖怪が大きく口を開けた。

と、その時、ぱんっと乾いた音が響いた。

後に続くのは静寂のみ。

襲い来るであろう衝撃を覚悟して身を縮こませていた女は、いつまでたっても痛みが来ないことを疑問に思い、恐る恐る目をあける。

「え…」

目の前に広がるのはただの路地。

先程まで妖怪がいたことなど微塵も感じさせない静けさに女は目をこする。

薄暗い路地の真ん中では、先程の白い猫が一生懸命己の尻尾をなめていた。

やがて、しばらくすると気が済んだのか、白猫はちらりと女を一瞥してひらりと塀の上に登ると、北の方へ歩いていってしまった。


「な、なんだった、の…?」


さっきのは夢だったのか、と呆然と座り込む女が何か可笑しいと気付いた頃には既に猫は見えなくなっていた。

「今の、猫、暗闇の中ではっきりと、姿が見えた…?」

月も出ていない夜。

ところどころに点いている家の明かりがある路地を少しでも離れると、自分の手さえも見えなくなるほどの暗闇だというのに。

塀の上を歩いていった猫の姿は白く、はっきりと瞼の裏に残っていたのだった。




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