猫と決戦。


「…」

先ほどまでいた珱姫の屋敷には入った瞬間に違和感を感じた。

護衛の陰陽師がいない。

そして、あちこちに飛び散る血痕。


ひらりと一っ跳びで珱姫の部屋に行けば、先ほどまで彼女とのんびりと過ごしていた部屋はひどく荒れていて、そして、珱姫は。

…生き肝信仰の奴らだとして。

あの人数の護衛の中いとも簡単に珱姫を連れ去れるとすれば。







「にゃおーん」

場所は変わり、ここは貴船の山深く。

私の声に、すぐに湖の水が呼応して高淤加美が顔を出す。

「どうした、白尾?また面白いことでもあったのかえ?」

愉快そうに髭を揺らす高淤加美に私は前足を舐めながら話を切り出す。

「のう、高淤加美や。私たちは随分と長くともに遊びまわったなぁ」

「おや、白尾。猫の姿のときには喋らないのではなかったかい?」

驚いた高淤加美をちらりと見て、私は言葉を続ける。

「前、私に言ってただろう?腹の子の名前を決めて欲しいと」

そう言えば、嬉しそうに高淤加美のまわりの水が跳ねる。

「おお!前は渋っていたのに、考えてくれる気になったのかえ!どうも我では良き名が思いつかなくてのう。して?我の子の名前は?」

急かすように言う高淤加美を見て、私はにやりと笑った。

「“  ”」

その瞬間、高淤加美が大きく笑った。

「それは良い名じゃ!恩にきるぞ、白尾!我の子は“  ”じゃ!」

「高淤加美。お前とお前の子供に幸があるよう、祈っておる。さらば、我が友よ」

笑う高淤加美に満足して、私は一気に空を翔けた。

大阪城目指して。






「なんじゃ、あやつ。まるで別れを言いに来たようではないか。今の時期、まさか変なことに手を出すつもりじゃないだろうな…」

後に残された高淤加美神はそう呟いて白尾の翔けていった方をずっと見つめていたのだった。







―大阪城にて


どさっと乱暴にとある部屋に押し込められた珱姫の目の前には3人の美しい姫たちと上座で悠々と座る淀殿。

「待っておったぞ、珱姫」

その言葉に、他の姫たちが反応する。

だが、珱姫はいまだに状況を把握できていなかった。

何故、父親を殺してまで自分をこんなところまで連れてきたのか。

父親が殺された動揺と有無を言わさず連れてこられたことに珱姫の中で恐怖が膨らむ。

その時だった。

するり、となにかとても手触りのよいものが倒れた足に触って驚いて振り向く。

「あ…、白尾、さん…?」

何故、ここに…?

しかも、今のところ誰もこの猫に気付いてないようだ。

その不思議な猫は珱姫を見てにやあっと笑うととてとてと淀殿の方へ向かってしまう。

「あ…」

それを止めようと声を出した時だった。

目の前で自己紹介していた髪長姫に、淀殿が手を伸ばし、そのまま口を近づけた。

「え…?」

その瞬間


―パンッ


「!?なんじゃ?」

髪長姫の生き肝が喰われる瞬間に、何かに弾かれたように淀殿が後ろへ飛び退る。

髪長姫と、淀殿の間に、ちょこんと座っていたのは。

ふさふさとした毛を風もないのになびかせた一匹の猫。


「、白尾かえ?」

目を見開いて見つめる淀殿に、私はにいっと笑う。

「ごきげんよう、淀殿」

私が声を発した瞬間、並んでいた家臣たちが本性を顕にして次々と立ち上がる。

「淀殿!」

「この猫、妖ものか!」


本性を現した京妖怪達が刀を構える中で、淀殿が制止をかける。

「待て。お前、白尾。お前は何奴じゃ?」

「私か?ただの猫じゃよ」

「このような場でふざけるでない。いくらお前といえども、妾の邪魔をすれば容赦はせんぞ」

その言葉に私はにんまり笑って見せる。

「二十年生きた猫は猫又に。百年生きた猫は霊猫に。千年生きた猫は猫神に。私はすでに二千と五百は生きた。どうじゃ?答えになったか?」

その言葉に、淀殿が一瞬目を見開いてから肩を震わせる。

「ほほ。白尾や。ただの猫ではないと思うていたが、まさか流れ神か。何も守るものも持たずにふらふらと放浪する神が、何故この姫達を護る?」

そんな淀殿に私は一瞬、珱姫を振り返る。

「なに。そんなに難しい答えではないぞ。単に気に入ったからじゃ。珱姫がつくる、栗羊羹がな」

「戯言を」

笑っていた淀殿の目が冷たくなる。

「誰でも良い。この猫をつまみだせ」


「「御意」」


畏れを体に纏わせた妖怪達が一斉に飛びかかる。



―パシンッ

しかし、それらは一瞬に吹き飛ばされてしまう。


その展開に目を見張る姫達を護るように白尾のふさりとしたしっぽが伸びて姫達を囲う。

「くっ」

妖怪達の攻撃はその円状に全て弾かれる。

「ふん。腐っても神、か。しかし、守っているばかりでは事態は好転はせんぞ」

そのう言った淀殿に私は後ろ足で耳を掻きながら答える。

「問題ない。今、役者が揃うでな」


珱姫の言葉、よくよく考えれば花開院陰陽師があれだけ護りを固めている中誰一人気付かれることなく、あの部屋に行けるのはたった一人。

そして、珱姫が惚れたという妖は、恐らく珱姫に惚れておる。

必ずここへ助けにくる。

奴はそういう奴じゃ。




―ダンッ ダンッ ダンッ



ほうれ、来た。

任せたぞ、ぬらりひょん。





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