ぐらりと世界が揺れた。
プルプルプル
ガチャッと電電虫をとったのはエミリア。
「デミッド中将。サカズキ大将がお呼びです」
電電虫を持ったエミリアの声にデミッドは顔を歪める。
「…今、サカズキさんに会いたい気分じゃない」
ぽつりとこぼせば、エミリアは電電虫に会いたくないそうです、と何とも正直に返してしまった。
「緊急らしいので、今すぐ来なければ中将の地位を剥奪するそうです。どうしますか?」
聞いてくるエミリアにデミッドは溜息をついた。
「行きますよ〜。行けばいいんでしょ、行けば」
「失礼します。デミッドで〜す」
ドアをノックすることもなしに扉を開けた瞬間…
ガキィン…!
重苦しい音が部屋のなかに響く。
「やだなぁ〜、サカズキさん。これは何の余興ですかぁ?」
腰に差してあった愛刀でギリギリとサカズキの剣を押し返しながらデミッドはへらっと笑う。
しかし、そんなデミッドの頬を汗がつぅっと伝った。
その汗がぽとりと床に落ちたのが合図のように、サカズキは突然ふっと力を抜いてカキンッと剣を鞘に戻した。
「フンッ。どうやら腕は鈍っちょらんようじゃのう」
サカズキは何事もなかったようにスタスタと机に戻り、椅子に座って、刀を抜いて立っているデミッドを見る。
「何故、海賊討伐の時に刀を抜かない。お前は今までいつも能力しか使っちょらんだろう」
サカズキは手を組んで、鋭い視線をデミッドに送る。
一方デミッドはサカズキの重圧をかわすようにへらりと笑う。
「サカズキさんも意地が悪いですねぇ。そんなことを聞くために僕を呼んだんですか?」
「余計な口は開くな。質問に答えろ。これは命令だ」
相変わらず堅い雰囲気のサカズキに、デミッドも変わらず軽く答える。
「サカズキさんも知ってるくせに。僕が刀抜いちゃったらそこら辺の海賊なんて皆死んじゃうでしょ」
肩をすくめるデミッドにサカズキはため息をつく。
「指名手配されちょる海賊っちゅうのは当然“生死問わず”だ。殺しても誰からも責められん。そして自分を責めることもない。言っている意味がわかるか?…いい加減過去にとらわれるな」
言い聞かすような言葉にデミッドがぴくりと反応する。
「過去…ですか。サカズキさんが知ってるなんて意外ですね。あのバスターコールには既に大将だったあなたは参加していなかったはずですが」
珍しく不機嫌な口調で、サカズキに問うと、サカズキはため息をついた。
「部下のことは一応全て知っておくのが上司としての義務だとわしは思っちょる。出来の悪い部下のことは特にな」
サカズキの言葉に、ははっとデミッドは軽く笑いを漏らす。
「僕の過去を知って何になるんです?どうせあのこともあなたにとってはくだらないことなんでしょう?」
「全くだな。8年前のあのバスターコールが原因なんだろう。お前が“殺さない正義”を掲げるようになったのは」
「まぁ、そうですね。あなたはどうせあのバスターコールも正義だと言うんでしょうけど、とてもそう思えなかったもので。…僕もドレークも」
自嘲気味に笑うデミッドにサカズキは腕を組みなおしてから静かに口を開く。
「お前がこの前捕らえた“土蜘蛛”が駐留所で脱走し、駐留所があった海軍屯所の海兵は皆殺しにされ、屯所があった島の住民にも多大な被害が出た。そして奴はそのまま行方をくらませた」
突然の報告にデミッドもさすがに目を見開く。
「お前が情けなどかけずに奴を仕留めていれば、こんなことにはならんかった。傷1つ与えなかった貴様のくだらん正義が結果的に多くの命を奪った」
動かないデミッドに、サカズキは更に言葉をのせる。
「1つの命を殺して100の命を救えたものを、お前は1つのどうしようもない命を見逃して100の罪の無い命を奪った。これを悪と言わんでなんとする。海軍が相手にしているのは情けをかける必要などない悪なのだと認識しろ」
サカズキの言葉を聞いているのかいないのか、目を見開いたまま動かないデミッドにサカズキは容赦なく鋭い視線を送る。
「お前に新しい任務だ。奴らが暴れた屯所には本部に送られる予定だった機密情報が保存してある。その存在を知られた恐れのある“土蜘蛛”海賊団の“完全抹殺”をお前に命ずる。奴らの行方を追って全員仕留めろ」
「完全…抹殺…」
繰り返すデミッドの目が歪められる。
「そうだ。1人も逃がすな。これは命令だ」
行け、と顎で扉を指すサカズキにデミッドはおもむろに口を開く。
「僕に、僕の正義を捨てろと…?」
らしからぬ縋るような声にサカズキは無表情で答える。
「自分の不始末を自分で片付けられん奴に正義を語る資格などない」
容赦のないその言葉にデミッドは黙ったまま、サカズキの部屋を出ていった。
―ぐらりと世界が揺れた。―
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