有給休暇ほどの贅沢はない。
「…てわけなんですよ〜。いや〜、“土蜘蛛”君は大した覇気使いでしてね。さすがの僕も苦戦しまして、どてっ腹に穴あけられてしまいましたよ。それがもう痛くて痛くて」
へらへら笑いながら息をつくことなくつらつらとしゃべり続けるデミッドに、書類を見ていたサカズキはようやく顔を上げてデミッドに視線を向ける。
「…で。お前は結局何が言いたいんじゃ」
「そりゃもう、任務を頑張った結果の怪我なんで療養の為に1週間の有給休暇が欲しいんです」
デミッドがにこにこして答えると、サカズキは呆れたようにはぁっとため息をついた。
「お前といい、クザンといい、お前らはどうしてそう仕事をさぼりたがる」
「やだなぁ、クザンさんほど腐ってるつもりはありませんよ、僕は。今回はきちんとした理由もあるんだし少しぐらい良いじゃないですか〜」
へらりと笑って肩をすくめるデミッドをサカズキは一瞥すると再び書類に目を落とした。
「お前ならそのくらいの傷、仕事に何の支障もないじゃろうが。…そもそも、どうせ今回も相手を殺さんように手加減したから負った傷じゃろう。同情の余地はない」
デミッドを見ることもせずに淡々と言うサカズキに、デミッドは芝居がかった口調であぁ、と嘆く。
「なんて冷たい上司なんだ。どうせサカズキさんは僕のことなんか嫌いなんでしょう」
よよよ、と袖で涙を拭うふりをしてみると、サカズキはぎらっとデミッドを睨む。
「わしを上司だと思うちょるんなら、まずわしの机に腰掛けて話すな」
あ、やっぱり怒った?とへらっと笑ってデミッドはサカズキの机から降りる。
「それから、わしはお前を嫌うとるわけじゃない。貴様の掲げる正義には反吐がでるがな」
その言葉に、今度は部屋のソファにどっかりと座りなおしたデミッドがぴくっと反応する。
「“殺さない正義”か。大層立派じゃのう。……本来ならわしは人の正義には口をださんが、貴様の正義ははっきり言って馬鹿馬鹿しいわ。犠牲無しには何も成し遂げることなどできん。お前の正義は理想だけを語る幼稚な子供の考えだ」
バサッと音をたてて書類の束を机の脇に置くサカズキにデミッドはハハッと乾いた笑いを漏らす。
「そういうサカズキさんの正義は僕に言わせれば空回りもいいとこだと思いますけどね〜」
デミッドがそう言うと、一瞬で二人の間の空気がピリッとしたものに変わる。
「…ほう。部下にここまではっきり言われたのは貴様が初めてじゃ」
度胸は誉めてやる、と言ったサカズキをデミッドは珍しく笑いを浮かべずに見つめる。
「随分前のことですが、オハラの件のことは聞いてますよ。あれがあなたの正義だというなら僕はあなたの正義を認めることが出来ませんね」
デミッドがまっすぐサカズキを見つめて言った言葉をサカズキは鼻で笑った。
「意気がるな若造が。お前みたいな経験も少ない甘ったれたひよっこに認められる必要等ない。しかしお前にもそのうち分かるだろう。悪に情けなど必要ない。そして悪が大きくならないうちに小さな芽を残さず潰す。これが最も正しい正義だ」
ギシッと椅子に深く腰掛けたサカズキに向かってデミッドは軽く笑う。
「悪には情けが必要ない…ですかぁ。…そもそも僕らに何が悪か判断することなんて出来るんでしょうかねぇ。果たしてあなたの正義によって殺された人々は全員本当に悪だったんでしょうかね」
デミッドの言葉にサカズキの眼光が鋭くなる。
「何が言いたい。デミッド中将」
部屋に充満する覇気に、デミッドの額にうっすらと汗が浮かぶ。
それを隠すようにデミッドはへらりと笑った。
「すいません。どうやら少し話しすぎてしまったようですね。では、僕はそろそろ失礼しま〜す。有給休暇のこと考えといてくださいね〜」
じゃあね、と軽く手を振って扉を開けたデミッドは最後にもう一度サカズキを見た。
「…僕は、“殺し”が“悪”だと思っています。そしてそれが僕の中では変わることはないと思いますよ」
そんなデミッドにサカズキも椅子に腰掛けたまま答える。
「はっきり言おう。お前が言っていることは所詮綺麗事だ。お前は世界を何も分かっちょらん。お前の正義はそのうち通用しなくなるぞ。己がその甘ったれた正義で死ぬまでに気付ければ良いがな」
最後まで通じあうことのなかった会話にデミッドはため息をついて扉を閉めたのだった。
《○月△日
天気:曇り
気分:あんまり良くない
サカズキ大将に有給休暇をねだりに行った。
残念ながらすんなりと休暇はくれなさそう。
あぁ、めんどくさ。
ふぅ。僕の上司はなぜサカズキさんなんだろ。
大将の中で一番堅物じゃんね。
クザンさんだったら…
…あぁ、ダメだろうな。あの人は自分がサボることの方に必死だから仕事押しつけられて休暇なんてくれなさそう。
僕が大将になったら部下に優しい大将になろうと思いました。
byデミッド》
―有給休暇ほどの贅沢はない。―
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