沈む夕日はロマンチックなんかじゃない。
『エミリアちゃーん。準備出来てるー?終わったから来ていいよ〜』
「了解しました。すぐ船をそちらにつけます」
電電虫から入った通信に頷いたエミリアはすぐに船を動かすように指示を出した。
“土蜘蛛”海賊船に船をつけると、海兵達は縄と、何故か手に手に袋を持って海賊船に乗り込んだ。
海賊船では、海賊達が残らず倒れていて苦しそうに喘いでいた。
「全員、いつも通り縄をかけてからこいつらを楽にしてやりなさい」
エミリアは海兵達に指示を出すと、ローザとクロアは怪訝そうに首をかしげる。
「中尉。彼らはどうなっているのですか?どうして袋を…」
疑問を素直に言葉にしたクロアにエミリアは淡々と答える。
「彼らはデミッド中将の能力によって倒れているの。大方、酸素の不足による過呼吸でしょうね。中将は海賊とはいえ人を殺めることを許しません。だからこうして捕まえた後は必ず手当てすることになっているの」
「過呼吸ってことは、中将は酸素を操る能力を持っているんですか?」
目をキラキラさせてローザが尋ねるが、エミリアは首を横に振って否定する。
「いいえ。デミッド中将はエアエアの実の能力者。彼は空気そのものになること、そして空気中の成分を操ることが出来るらしいわ。私も詳しいことは知らないから能力は未知数ですが。さっき海の上を渡っていたのはおそらく体を空気よりも軽い窒素に変えていたのでしょうね」
なるほど、と納得したクロア達を見て、エミリアは少し微笑んだ。
「あの人はもっと楽に正義を果たすことができるはずなのにね」
エミリアの見せたその微笑みはひどく悲しそうで、二人とも何も言うことが出来ずに、去っていくエミリアを見送ったのだった。
ローザとクロアのもとを去ったエミリアはデミッドを探していた。
程なく、船尾の方で“土蜘蛛”と思われる男のそばで座って空を見ているデミッドを見つけた。
「デミッド中将。大丈夫でしたか?」
尋ねると、いつもと変わらないにへらっとゆるく笑ったデミッドがエミリアを見る。
「や。エミリアちゃん。お疲れさん」
その笑顔に安心しかけたエミリアは、デミッドの腹に滲む赤い血を見て顔色を変えた。
「デミッド中将!お怪我をなされたのですか!?」
真っ青になって駆け寄ると、デミッドは苦笑した。
「さすがに“土蜘蛛”は手強かったよ。…あぁ。そうだ。彼にも手当てを頼むよ」
苦しそうに喘ぐ“土蜘蛛”をゆるりと指差すデミッドの言葉に構わず、エミリアはデミッドの傷の具合を見る。
「もーしもーし、エーミリーアちゃーん。僕じゃなくってさ、彼の方を…」
「何言ってるんですか!この傷は完全に腹を貫通していますよ!内蔵を傷つけているかもしれない!あんな男よりもあなたの方が…」
思わず頭に血が上って怒鳴ったエミリアの手を、デミッドがやんわりと押し止める。
「僕は大丈夫なの。この出血量じゃ死なないの分かるでしょ?それよりも彼。手遅れになると呼吸できなくなって死んじゃうよ」
だから、ね?とゆるい笑顔を向けられてしまえば、エミリアはデミッドに逆らうことなどできないのだ。
渋々“土蜘蛛”の手当にあたったエミリアにデミッドが思い出したように声をかける。
「そうだ。彼、能力者だから海楼石の手錠忘れないでね〜」
「そんな大切なこと、きちんと先に言って下さい!」
いらいらして思わずエミリアが噛みつくように怒鳴ると、何がおかしかったのか、デミッドはけらけら笑った。
「何で笑うんですか」
エミリアが憮然としてデミッドを横目で睨むと、今度はデミッドが苦しみだしたので余計訳が分からない。
「どうしたんですか!?まさかその傷、毒があったとか…!」
慌ててデミッドを抱き起したエミリアにデミッドはへらっと笑って言った。
「いや、さ。笑いすぎて腹の傷がひきつって悪化しちゃったみたい。あははは」
なおも笑っているデミッドにエミリアは呆れたように溜息をつく。
「だから何がそんなにおかしいんですか…」
「だってさ、君がそんなに必死になるところ初めて見たなぁって思って。エミリアちゃんいつもクールだから、僕嫌われてるのかと思っちゃってたよ」
相変わらず笑いながら言われた言葉にエミリアは再び溜息をつく。
「…私は、あなた以外の人の下に付きたいと思ったことはありません」
エミリアが真剣にそう言うと、デミッドは一瞬目を見開いたが、またすぐ目を細めて笑う。
「知ってるよ。好かれているわけじゃなくても、誰よりも君が僕を信頼してくれているのは分かっているからね」
デミッドの言葉にエミリアは喜んでいいのか悲しむべきなのか、複雑な思いで三度目の大きな溜息をついたのだった。
「だいたい、あなたが本気を出せばこんな傷を付けられる前にあいつを仕留めることぐらいできたでしょう。どうして自分を傷つけてまで誰も殺さずに済まそうとするのですか」
少し怒りを含んだ声でデミッドに詰め寄ると、デミッドはエミリアの頭をぽんぽんと撫でて苦笑する。
「なぁに言ってんの、エミリアちゃん。言ったでしょ。僕のモットーは“殺さない正義”。海軍は海賊を殺すんじゃなくて捕えるもんなんだよ。…それにね」
デミッドはすっと目線を沈みかけている夕日に注いで呟く。
「殺したら背負わなきゃいけないんだよ。そしてそれはどんどん重くなっていくんだ」
いつもと何か違った雰囲気のデミッドの様子にエミリアは思わず唾をこくりと飲み込む。
しかし、次にエミリアに向けられたデミッドの顔はいつものへらりとした笑顔だった。
「僕、そんなの肩凝りそうだからやなんだよね〜」
ああ、やっぱりこの人はこういう人なんだ、とエミリアは本日もう何回目か分からない溜息をついて、デミッドに肩を貸しながら海軍船に戻っていったのだった。
《○月×日
〜前略〜
追記
討伐終了ですです。最後に“土蜘蛛”には腹に穴を開けられちゃったけど、まぁ、たいしたことなさそう。
あ、でも、この怪我を理由に1週間は休めるかも。有給休暇になれば嬉しいなぁ。
エミリアちゃんの慌てた顔も面白かったし、僕的には嬉しい怪我だね。
お礼に見舞い品持って今度“土蜘蛛”君に会いにインペルダウンまで行ってあげようかな。
…あ〜…、でもあそこ僕嫌いだからやっぱやめた。
うん。てことで、今日も1日平和でした。》
―沈む夕日はロマンチックなんかじゃない。―
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