火に油を注げるだけ注ぐ。


「…」

「……」

「…ねぇ、火拳くん」

呼びかければ、彼は真剣な表情で表を窺いながら、ん、と返事をする。

「本当にここが良い隠れ場所なの?」

疑問たっぷりに聞けば、エースはしっかりと頷く。

「ったりまえだ。…もぐ。俺はここで幾度もの窮地を乗り越えてきたんだぜ。むしゃ」

口をもぐもぐと動かしながら答えるエースは自信満々に笑う。

「…そう」

その様子に些かの不安を感じながらも、とりあえずエースの言葉を信じてデミッドは隠れている調理場の樽の後ろで身を小さくさせた。


「大丈夫だって!マルコの奴がここに来ても、こいつが上手くはぐらかしてくれるかよ!」

「そうだぜ、新入り!このサッチ様に任せときな!」

肉を掴んでいる手でエースが指した先には、妙にマッチした白いコック帽とリーゼントが印象深い男。

恐らく、この奇天烈な組み合わせは彼以外は似合わないだろうな。

「なるほど。サッちゃんね。4番隊隊長の」

おぼろげな手配書の記憶を引っ張り出しながら聞くと、サッチはニカッと笑う。

「お。よく知ってんな。…って、サッちゃん!?」

おいおい、とサッチは額に手をあてて大げさに嘆く。


「この俺がなんでそんな可愛らしい呼び名をされなきゃなんねんだ!?」

「諦めろ、サッチ。マルコなんかマルちゃんだぞ。まだマシだ」

「マシじゃねェよ!?どっこいどっこいだってんだ!」

宥めるエースに突っかかるサッチ。

いやぁ、息がぴったりだな、この二人。


「って、お前が原因だからな!?」

笑ってると、即座にサッチに突っ込まれたので慌ててこくこくと頷いておく。

「分かってる分かってる。ごめんね〜、サッちゃん」

「お前、絶対分かってねェよ!?分かった。てめえがそのつもりならこっちにだって考えがあらぁ!」

そう言って、サッチが大きく息を吸い込む。


「マールコー!!お探しのわかめ頭の兄ちゃんここにいるぞー!!」



「あ!こいつ裏切りやがった!」

エースが舌打ちをして慌てて隠れていた冷蔵庫の裏から飛び出したが


「探したよい」

「げっ…マルコ」

すでに目の前にはマルコがいた。

「てめえが隠してやがったのか、エース。後で覚えてろい」

ぎらりとエースを睨んだマルコは足音荒く、樽の後ろに隠れきれていないデミッドの前に立つ。


「おい。覚悟は出来てんだろうな?」

怒気でゆらりと空気が揺れてるように見えて、デミッドは思わず目をこする。

「あ、あははー。だってさ、据え膳食わぬは男の恥って言うじゃない?こんな面白そうな船にいるっていうのに遊ばないなんて恥だよね、恥」

少し顔をひきつらせながらもマルコを説得しようとするが、マルコの顔が和らぐことはない。

「どこに据え膳があるってんだい?てめえにはこの船での立場って奴を思い知らせないといけないみたいだねい」

「やだなぁ、マルちゃんったら。冗談が通じないんだからー」

最後の頼みの綱であるエースにちらりと目線を送るが、エースは両手を合わせて、すまん、と口パクをしていた。

…。
こりゃ火拳くんの助けは期待できそうにないな。

こうなったら


「三十六計逃げるに如かず!!」

説得をあきらめて、脱走を図った。

「あ!この野郎!」

隙をついて、マルコの脇をくぐった。




―ドシン


「いてっ!」

調理場のドアに立ちふさがっていた黒いものに顔からぶつかって思わず尻もちをついてしまった。

「おっと!ゼハハハ、すまねぇな!」


見上げると、そこには黒いひげともじゃもじゃの髪を生やした男がたっていた。


「大丈夫か?」

男が手を伸ばしてくれたが、その手を取る前にダンっと体が地面にたたきつけられる。

「よくやった、ティーチ。さぁ、観念しろい」

体をマルコに踏まれて地面に押さえつけられたデミッドがため息をついた。

「やだなぁ、マルちゃんったら。僕にはそんな趣味ないのに」


その言葉にマルコがぴくりと頬をひきつらせる。

「マルちゃんのサディスト」

ぼそっと言ってやれば、ブチっとマルコの堪忍袋の緒の切れる音がした。






「…デミッドの奴、大丈夫かな」

「さあね。あいつにはいい薬なんじゃねぇの?」

「それにしても…、マルコのあんなに怒った顔久しぶりに見たな」

「そだな。俺、あのマルコには口答えできねぇよ。…すげぇな、あいつ」

「ああ」


デミッドがマルコに連れていかれた後の調理場では、サッチとエースが顔を青くさせている横で、ティーチが首を傾げていたのだった。





―火に油を注げるだけ注ぐ。―



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