さて、始まりだ。
「デミッド中将。また海を御覧になっているのですか」
エミリアが、正義とかかれたコートを羽織った背中にため息をつきながら問う。
問われたデミッドは、肩までの癖のある黒い髪を揺らして海を眺めていた顔をゆっくりとエミリアに向けて、にへらっと笑う。
「あっれー。早いね、エミリアちゃん。もう書類出してきてくれちゃったの?」
「いいえ。書類は後回しです。近くの島で大型の賞金首が暴れているので討伐してくるように、と元帥から命令が下りました。今すぐ準備なさってください。15分後に出航します」
ありゃ、そりゃ急だねめんどくさ、と机に突っ伏したデミッドにエミリアはすっとあるものを取り出す。
「梅の聖地ウメリアから取り寄せた超一級品の干し梅。いらないのでしたらガープ中将に差し上げようかと…」
言い終わらないうちに、デミッドはばっと顔を上げると、次の瞬間には扉の前にいた。
「エミリアちゃん。早くおいで。その干し梅は何があっても手放さないでね」
そう言って嬉しそうに笑う上司の顔を見てエミリアは、はあっと大きくため息をついたのだった。
「…それで、相手は?」
干し梅を噛りながら茶をすするデミッドにエミリアは平然と答える。
「“土蜘蛛”のダッド。以前から町を丸ごと潰すなど、残虐な行為が目立っています。今回は、世界政府に加盟する国相手に暴動を起こしているようです。それで元帥直々に今回我々に出動が命じられました」
エミリアの言葉に反応したのは、デミッドではなく、同じく部屋にいた二人の海兵だった。
「つ、“土蜘蛛”のダッドっていったら、もう10年近く暴れ回っていて、海軍でも下手に手を付けられない大型賞金首じゃないですか!」
「そうですよ。奴は傘下の10隻の海賊船を伴って今回の暴動を起こしていると聞きました。とても我が軍艦一隻では太刀打ち出来ないかと…」
騒ぎ立てる海兵達に向かってデミッドはにへらっとゆるい笑顔を向けた。
「そういえば君たち新しくここに配属されたんだっけ?僕は一応君らの上司で中将やってるデミッドでーす。よろしく〜」
自分たちの言葉を聞いていないような突然の自己紹介に何が何だか分からず、目を白黒させている海兵達にエミリアが厳しく声を発する。
「何をつったっているのですか。中将が挨拶なされたのだからあなた達も自己紹介なさい」
その言葉にはっとした海兵達がばっと敬礼する。
「わ、私はこの度ヒナ大佐のもとから移動を命じられた伍長のローザと申します!よろしくお願いします!」
「同じくヒナ大佐のもとから移動してきました、准尉のクロアです」
力んで大きな声で挨拶をしたのは短い金髪のローザ。
反対に冷静そうに見えるのが長い黒い髪を一つに縛っているクロア。
二人の自己紹介を聞くと、デミッドは興味がわいたように身を乗り出して二人を見つめた。
「君たち、ヒナちゃんのとこから来たの?」
驚いたように言うデミッドに向かってエミリアが溜息をつく。
「確か、先日私がそのように既に報告したはずですが。お忘れですか?」
「う〜ん。聞いた覚えがないや。エミリアちゃんが報告したと思いこんじゃってるんじゃないのー?」
エミリアちゃんもそろそろ年だからね〜、とけらけら笑うデミッドにエミリアは冷静に答える。
「2日前の午後1時過ぎに確かに報告しました。それから、私はデミッド中将よりも若いので、私よりも数日前のことも覚えていらっしゃらないご自分の年の心配をなされた方が賢明かと思われます」
皮肉が込められたエミリアの言葉にデミッドは苦笑する。
「相変わらずエミリアちゃんは手厳しいなぁ。僕だってまだ20代なのに」
ね?とデミッドにいきなり話を振られたローザとクロアは何と言ってよいか分からず、お互い顔を見合わせてしまったのだった。
《〇月×日
天気:晴れ
気分:まあまあ
今日は一日中ごろごろできるかと思ったのに、賞金首の討伐を命じられた。サボろうと思ったのに干し梅につられて海へ。
新しい部下とご対面。ヒヨコちゃんみたいな子とエミリアちゃんみたいに堅そうな子だった。名前は〜…忘れちゃった。ヒナちゃんとこから来たらしい。あの子面白いよね。僕個人的にかなりツボなんだけど。
話し方がとにかく良いよね。
さて、これから討伐だ。めんどくさ。
byデミッド》
―さて、始まりだ。―
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