其の疾きこと風の如くってね。


「エース隊長が帰ってきたぞぉー!」

「ぅおーい!エースたいちょー!」


でっかいクジラのような船から次々と声が降ってくる。

(赤髪君の船も物凄くでかかったような気がするけど、こりゃ驚いたな)

心の中で感嘆しているデミッドの横でエースが、おお!と大きく船員達に手を振り返していた。

「今はしご降ろしますねー」

船員がそう言って白ひげの船に横付けされたストライカーに縄ばしごを垂らす。

「デミッド、先登れるか?」

エースが親指ではしごを指さしたので、デミッドはゆるく頷く。

「いいけど、火拳くんは?」

「俺ァ、荷物があるからな。後で行く」

そう言われれば、別に嫌だということもないので大人しく従った。

ぐらぐらと不安定に揺れる縄ばしごをのぼりきると、思わずためいきがでた。

「これは…流石というか、なんというか…」

船ではありえない大きさの甲板に、たくさんのクルー。

初めての光景にぼんやりと甲板を見渡していたが、ふと自分に突き刺さる視線に気づいて我に戻る。

まぁ、当たり前のことだが、エースが来ると思われたところに誰だか知らない奴が出てくれば、当然警戒されるわけで。

「やぁ、はじめまして」

とりあえずへらっと笑って挨拶するが、返事が返ってくることはなくて少しへこんだ。

何これ。
どうすればいいの。
火拳くん、はやく来てよー。

だなんて心の中でぼやいてると、突然だるそうな声がかけられる。

「エース帰ったのかよい?」

そう言って人垣の間から現れたのは

「あ、1番隊隊長のマルちゃんだ」

あまりに有名な顔で思わず指さして声に出してしまった。

言った瞬間に空気が凍った。

次の瞬間、誰かが吹き出したのをきっかけに、甲板は大爆笑の渦となる。

笑われた当人は当然、額に青筋を浮かべてこっちを睨みつけてくる。

「誰がマルちゃんだよい。おい、このふざけた野郎は誰なんだよい。エースはどうした」

「い、いや…ぶっ!俺らにも…ぶふっ!さっぱり…。エース隊長のストライカーについてきてたみたいなんすけど、マルちゃん隊長…ぶはっ!」

船員は必死に笑いを噛み殺しながら答えていたが、最後自分で言った言葉に自分で大ウケして腹を抱えて笑いまくっていた。

お前、後で覚えとけよい、とマルコが呟いてたけど、デミッドは聞こえないふりをした。
だって、あの黒いオーラに触れちゃいけない。どう考えてもまずい。
たとえ、原因が自分だとしても。

「おい。お前。エースはどうした」

知らないふりをしようと明後日の方向を見て口笛を吹いていたデミッドにマルコが腕をくんで質問してくる。

いや、質問じゃない。これは詰問だ。

答えによってはぶち殺すぞてめぇってオーラが漂っている。

仕方なくデミッドは明後日の方角ではなくマルコの顔を見てため息をついた。

「人の顔見てため息つくたァ、随分と舐めてるみたいじゃないかよい」

マルコがさらに怖い顔になったところで、ようやくエースが後ろから現れた。

「おう、マルコ。どうした?怖い顔して」

あの般若のような顔をしたマルコに向かってニカッと笑いながら尋ねるエースはさすがというか。

いや、ただ単に状況が読めていないだけなのかもしれないが。

「エース。こいつは誰だい」

顎でデミッドを指すマルコにエースはなんてことないように答える。

「さっき海で拾った。ログポース壊して遭難してたんだと」

「遭難?」

マルコは怪訝そうな顔をしてデミッドを見る。

「それにしては元気そうだが、本当に「ぐぎゅるるるぅうう」…腹減ってんのかよい」

マルコのセリフを途中で遮ったこの腹の虫はなかなかに大物だと感心する。

でも、それで結構切実なデミッドの状態に気づいてくれたのか、マルコは呆れたような顔をしながらエースに言う。

「…エース。そいつ食堂に連れて行ってやんな。まだ昼飯の残りがあんだろ。サッチにでも出してもらいな」

「おう、分かった」

そう言って、火拳くんはデミッドの腕を掴んで…


「ちょ、ちょっとちょっと!はやい!はやいって!」

まさに風のように走り出したのだった。






―其の疾きこと風の如くってね。―


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