夜の蜘蛛は殺せって言うよね。



「デマ…かぁ…」

エミリアの情報を聞いてやってきたこの島にはどうやら“土蜘蛛”は来ていなかったようだ。

これ以外の情報はまだ入ってきていないため、早くも行き詰ったデミッドは街の飯屋に来ていた。


デミッドは、お皿の上に転がる赤いニンジンをフォークでつつきながら軽くため息をついた。

「ま、期待はしてなかったけどね」

お皿の上でころころと転がるニンジンにとどめをさすべく、少し力を込めてフォークをニンジンに突き刺した…


はずだったが、そのニンジンは次の瞬間、何とも見事に宙を舞った。

「あ〜ぁ。逃げちゃった」

弾みで飛んでいってしまったニンジンを残念そうに追っていたデミッドの目が次の瞬間大きく見開かれた。


「あれま。こりゃまずったかな?」


華麗に飛んだニンジンは自分よりも鮮やかな赤髪の持ち主の頭にコツンとぶつかってころんと床に転がったのだった。




「なんだぁ?」

頭に軽く感じた衝撃にその男は飲んでいた酒をチャポンと揺らしてテーブルに置いて足もとの小さなニンジンを拾いあげる。

「どうした、お頭?」

赤髪の男と同じテーブルで肉にかぶりついていた大きな腹の男が赤髪の男に尋ねると、赤髪の男は苦笑して赤いニンジンを見せる。

「いや、な。こいつが俺の頭にぶつかってきてな」

赤髪の男の仲間であろう、テーブルを囲んでいた数人の海賊らしき男達がそれに大爆笑する。

「だっはっはっは!そりゃ、そのニンジンはお頭の髪の色を見て仲間だと思って飛んできちまったんだよ」

「違いねェ!そのゆで上がったニンジンとお頭の髪の色そっくりじゃねぇか!」

「いやいや、あなたの髪の方がずっと鮮やかですよ〜」

「そうか?俺には同じように…って誰だ、お前!?」

爆笑していた男達はいつの間にかちゃっかり席に混じっていたデミッドに驚いて身構える。

そんな男達にデミッドはへらりと笑って両手をあげる。

「やだなぁ〜。殺気だっちゃって。まま、お酒でもどうぞ」

デミッドがそう言って酒を取り出すと、赤髪の男もへらへら笑いながら受け取る。

「お、悪いな。ありがたく頂くぜ」

「いえいえ〜。そのニンジン僕のでね。さすがに赤髪海賊団の大頭にぶつけちゃ、お詫びしなきゃ悪いかな〜って思っただけですからお気にせずー」

デミッドが笑いながらそう言うと、シャンクスはだっはっはっは、と口を開けて大笑いする。

「そうかそうか。こいつはお前さんのだったか。悪いな。俺の頭に当たって床に落ちちまったからもう食えねェな」

「いいのいいの。僕ニンジン嫌いだから。梅干しと同じ赤色なのになんでこんなに味違うんだろうねぇ」

しみじみと考え込むデミッドに赤髪海賊団の幹部はまた爆笑する。

「なんだ、こいつ。面白ェ!俺達が赤髪海賊団と知りながら普通に話しかけてくるたぁ、お前ただ者じゃねェな」

ヤソップが酒を飲みながらデミッドに話しかける。

「あっはっはっは。面倒くさいからただ者ってことにしといてよー。それにしても君たち愉快だねぇ」

「おうよ!海賊は愉快で自由なのさ!」

すっかりデミッドが気に入ったのかヤソップはデミッドと笑いあう。

ルゥも片手で肉を食べながらもう片方の手でデミッドに骨付き肉を勧めていた。







「お前もっと飲め飲め!ほらほら!」

昼間に来たはずが既に今やすっかり日が沈み、デミッドは酔ったヤソップから解放してもらえずに延々と息子の話を聞かされてぐったりとテーブルに突っ伏していた。

飯屋には赤髪海賊団の他のクルーもやってきて、もはや盛大な宴会となっていた。

(これはなかなか貴重な体験だよなぁ)

飲めや唄えやの大騒ぎの中、海兵だったら混じれないその賑やかな宴をデミッドはそれなりに楽しんでいたのだった。





そんな中、突然バァンッと物凄い音を立てて飯屋の扉が壊された。
突然の出来事に店内はしんと静まり返る。

「よう。邪魔するぜ。赤髪のシャンクスがここにいるだろう?」

壊れた扉からぞろぞろとガラの悪い男達が入ってきた。
様子から察するに彼らは恐らく海賊だろう。

先頭で言葉を発した男にシャンクスは軽く手を振る。

「おう。そりゃ俺のことだがなんか用か?」

何だ、一緒に飲むか?と緊張感のないシャンクスの言葉に先頭の男は額に青筋を立てる。

「俺たちはてめえの首を取りにきた。赤髪の首を取りゃ俺様の名も上がるってもんよ。覚悟しな」

男の言葉にようやく赤髪海賊団の方も戦闘態勢に入るが、それをシャンクスが、待てお前ら、と止める。

「俺達とやるのは構わねェが、ここは店の中だ。戦闘なら外でやろうぜ」

店の人に迷惑がかかる、と言ったシャンクスの言葉に思わずデミッドは目を丸くする。

さすがにシャンクス達はただの荒くれ者の集まりではないとわかってはいたが、基本海賊なんてものは周りを気にするような集団ではないと思っていた。

「さすが、四皇ってことか。こんな海賊もいるんだなぁ〜」

机に未だ突っ伏しながら呟いたデミッドの言葉は向こうの声にかき消される。

「ふざけるな!今すぐその余裕こいた顏ぶっつぶしてやる!」

しかし、やっぱり相手はただの荒くれ者だったようで、シャンクスの言葉にさらに苛立ちを募らせたのか、一斉に襲い掛かってくる。


「おい、デミッド。お前危ねェから向こう行ってな」

さっきまで息子の話ばかりしていたヤソップの言葉にデミッドは吹き出す。

「君らってホントに海賊とは思えないなぁ。僕のことなんて気にしなくてもいいのに」

そんな話をしている間にも相手が切りかかってくる。

「“エア・バンド”」

デミッドがめんどくさそうに敵に向かって何かを縛るような仕草をすると、突然相手は見えない縄に縛られたように身動きが出来なくなった。

ヤソップが驚いて構えていた銃を下ろしてデミッドを見る。

「お前…能力者だったのか?」

ヤソップの言葉にデミッドはへらりと笑う。

「そ。一応ね。だから僕のことは気にしなくていいから」

そう言って、動けなくなってしまった敵をちらりと見たデミッドの目が大きく開かれる。


慌てて周りの他の敵も見渡してみたが、間違いない。


ある者は腕や足に刺青として。
また、ある者は着ている服に。

彼らは蜘蛛を模したドクロのマークを掲げているではないか。

そのドクロは忘れもしない、“土蜘蛛”海賊団のシンボル。





―夜の蜘蛛は殺せって言うよね。―



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