零れ落ちる涙にほほえみを。
「“土蜘蛛”を知っているかですって!?ええ。知ってるわよ。あいつらは私の夫を殺した!あの人が命がけで守ってくれたこの店も奴らに焼かれたのよ!」
未だ黒い煙を上げている材木の山の前でその女の人は顔を覆って泣き崩れた。
「私は息子を殺された。海軍の駐屯所に差し入れを持って行ったまま帰って来なかったよ」
白髪混じりの頭を力なくうなだれて、その男の人は答える。
「殺された海軍の人たちも皆良い人達だったよ。いつもこの街の平和に気を配ってくれてたし、休みには時々ここに飲みに来てたんだが誰もが気さくで陽気な奴らだった」
酒場の親父は眉尻を悲しげに下げながら言った。
「奴らがどこに行ったかだって?そんなこと気にしている場合じゃなかったね。暴れまわる奴らの目に留まらんように皆必死に隠れていたからね」
それでも、たくさんの人が殺されて多くの建物が焼かれ、街のほとんどの物資は略奪されたよ。とため息をついた店主に礼を言ってデミッドは街を出たのだった。
かつては平和そのものであったであろうその街は、絶え間なく響くすすり泣く声としつこく立ち上る黒い煙に覆われていた。
街を一望できる小高い丘に登ってデミッドはどさっと座って頭をぽりぽりと掻く。
「これが僕の選択の結果かぁ。…さすがに参るね。こりゃ」
クザンやサカヅキの言葉を頭に巡らせながらデミッドはぽつりと呟く。
「兄ちゃんも誰か殺されたの?」
誰にも拾われるはずのなかった呟きを、思いがけず誰かに拾われたことに少し驚く。
その声にゆるりと首を後ろに回して見ると、そこにいたのはまだ小さな男の子だった。
「ほんとに参っちゃうよね。今までもちょくちょく海賊がこの街に来ることはあったけど、まさか捕まってた海賊が逃げ出してこんなに暴れるなんてね」
くるりと癖のついた赤毛をいじりながら、デミッドの横に座ったその男の子は、デミッドの参るという言葉に反応したらしかった。
「俺はジズっていうんだ。兄ちゃんも街の人?」
まっすぐな黒い瞳がデミッドを見る。
それに首を振ることで答えたデミッドに、ジズはそっか、と頷いただけだった。
「俺の父ちゃんも母ちゃんも海兵だったんだ。二人とも奴らと勇敢に戦って死んだ。俺の誇りだ」
まっすぐ街を見つめて話すジズの言葉にデミッドはただ耳を傾ける。
「街には奴らを逃した海軍が悪いっていう奴らがいるけど、俺はそうは思わない。両親が海兵だったから知ってるんだ。俺」
ジズの声に力がこもる。
「いつもは捕まえられてくる海賊達って皆怪我を負っているから簡単に逃げ出せないんだ。なのに、今回の奴らは傷ひとつなくってピンピンしてたんだぜ」
肩をすくめたジズからはデミッドの少し歪められた顔が見えなかった。
「父ちゃんが言ってた。この海賊達を捕まえたのは何とかっていう中将で、不思議な能力を使うんだって。例え海賊でも人を傷つけない優しい人なんだって言ってた。
…でもさ、俺は許せないよ。その中将。だって父ちゃんも母ちゃんも結局はそいつのせいで…」
プルプルプル プルプルプル
ジズの言葉を遮るように電電虫が鳴り出す。
『ガチャッ もしもし』
電電虫から発される声にデミッドは返事を返す。
「どしたの。エミリアちゃん」
『“土蜘蛛”について少し情報が入りました』
エミリアの言葉に、横で聞いていたジズが大きく目を見開く。
「そっか。さすがエミリアちゃん。その情報教えてもらっていい?」
ジズに少し目をやりながらもデミッドは頷いて先を促す。
『はい。どうやら彼らはその島から更に先へ進んでいるようです。そこから3つ先の島で目撃情報が入りました。ただ、確かな筋の情報ではないので信憑性はかなり薄いです』
珍しく自信の無さげなエミリアにデミッドは笑う。
「とりあえずしらみ潰しにいくしかないでしょ。おっけ。今から向かいまーす」
電電虫を切ろうとするデミッドをエミリアの声が止める。
『何かありましたか? デミッド中将』
心配げな声にデミッドは苦笑する。
「何でもないよ。…ただ僕が背負わなくちゃいけないものはあまりにも大きすぎるみたいだ。こりゃ肩凝るね、確実に」
ははっと笑ったデミッドにエミリアは溜息をつく。
『今回の件があなたの責任というのは結果論です。私はあなたの正義に誇りを持っています』
「ありがとう、エミリアちゃん。…また情報入ったらよろしくね」
ガチャッと電電虫を切ったデミッドは自分を見上げていたジズの頭をくしゃくしゃと撫でて腰をあげた。
何も言わずにジズに背を向けたデミッドに向かってジズが声を震わせて問いかける。
「兄ちゃん…中将さんだったの…?」
デミッドは足を止めてゆるりとジズを振り返る。
「兄ちゃんが…奴らを捕まえた…?」
ジズの言葉にデミッドはゆっくりと頷いた。
「今回の事件は僕の責任だ。君の両親の死も。…僕が憎いかい?」
デミッドの言葉にジズは俯いてギュウッと強く拳を握りしめた。
「憎い…憎いよ…。ずっとあんたを恨んでた。
…でも、無理だよ。憎めるわけないじゃないか。そんな顔したあんたを…」
ジズの言葉に、デミッドは驚いたように目を見開く。
「畜生!ムカつくんだよ!…俺よりずっと辛そうな顔しやがって…!あんたはあいつらが殺した人の命を全部背負っていくつもりなんだろ!?…そんなん俺よりずっと辛ェじゃねェかよ…!」
ぼろぼろと涙を零しながら怒鳴るジズにデミッドはへらりと笑って歩み寄る。
「僕はね、器用な人間じゃないから背負ったものを投げ出すことなんてできない。…それでも、ダズみたいに僕のために泣いてくれる人がいるから辛くはないよ。しっかり背負って前へ進んでいくんだ」
デミッドはしゃがんでジズの頭に手をポンッと置く。
「ありがとう、ジズ。君の両親も僕が背負っていくよ。君がしっかりと生きていけるように」
涙を流しながらもこくんと頷いたジズにデミッドは目を細めて笑ったのだった。
―零れ落ちる涙にほほえみを。―
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