僕は広い世界に夢を見る。
自分の執務室の扉を開けると、書類の整理をしていたらしいエミリアがデミッドを見る。
「おかえりなさい。デミッド中将」
エミリアの言葉にただいま、と柔らかく返す。
「サカズキ大将は何と?緊急でしたら5分で出港の用意が出来ますが」
言いながら電電虫に掛けるエミリアの手をデミッドはやんわりと押しとどめる。
「サカズキさんの命令はね、逃げた“土蜘蛛”海賊団の完全抹殺だって」
デミッドの言葉にエミリアは僅かに目を見開く。
「中将。その任務を受けるのですか…?」
デミッドの正義をいつもサポートしてきたエミリアにとってもそれは衝撃的な任務だった。
珍しく動揺するエミリアにデミッドはへらっと笑って、羽織っていた“正義”とかかれたコートを脱いで渡す。
「どんなに甘いといわれても、正義を背負った殺しをまだ僕は認めることはできない。…でも、後始末はきちんと自分でつけないとね」
「それでは…」
「追うよ。“土蜘蛛”を。ついでに広い世界を見てみたい。…一緒に来るかい?エミリア」
デミッドは白い“正義”のコートの代わりに椅子にかけてあった黒いコートをばさりと羽織る。
黒いコートはデミッドがいつも私用で出かける時に羽織る物だと知っているエミリアは、デミッドの言葉の意味を正確に理解した。
柔らかに笑んで聞いてくるデミッドにエミリアは少し目をつぶってから微笑む。
「…いいえ。私はここであなたの仕事を片付けなければ。あなたがお戻りになったときにまずゆっくりとお茶と干し梅を楽しめるように」
まっすぐデミッドを見つめるエミリアにデミッドはそっか、と呟く。
「ありがとう。…どうせサカズキさんやセンゴクさんに言っても聞き入れてもらえないだろうから、長期休暇の届け出しといてくれる?僕はこのまま出るよ」
ちなみに期限は決めてないから、それも上手く言っといてね、とへらりと笑うと、エミリアは溜息をつく。
「分かりました。あなたがドレーク少将に続く裏切り者とされないように上手く説得しておきます」
「やっぱり君は優秀だね、エミリアちゃん。君が僕の部下でよかったよ」
くしゃりとエミリアの頭を撫でて笑うと、エミリアもくすりと笑いをもらす。
「光栄なお言葉です。これだけ我が儘を聞いてあげるのですから、帰ってきたら仕事みっちりこなしてもらいますよ」
「あは。やっぱり厳しいね〜。あ、あと、電電虫は持って行くから、“土蜘蛛”の情報が分かったら教えてね。じゃあ、そろそろ行くよ。…後は頼んだ。エミリア中尉」
「はっ。どうぞお気を付けて。…デミッド中将」
敬礼をしたエミリアに軽く手を振ってデミッドはしばらくは帰ってこないであろう自分の部屋を後にしたのだった。
「モモちゃんいる〜?」
コンコン、とドアを叩いて声をかけると、ああ、と短く返事が返ってきたので、扉を開ける。
「またさぼっているのか?」
呆れたようにこっちを見てくるモモンガにデミッドはあはは、と笑う。
「そうだねぇー。これからすることはさぼりになるかもしれないねぇ。それとも任務放棄になるのかねぇ」
デミッドの言葉にモモンガは顔をしかめてデミッドの顔を見る。
「お前、まさか…」
以前の会話を思い出したのであろうモモンガにデミッドはゆるりと笑う。
「言ったでしょ。モモちゃんには挨拶してから行くって」
「ばか者。早まるなと言っただろうが!」
ばん!と机を叩いて立ち上がったモモンガにデミッドをまぁまぁ、と宥める。
「大丈夫。裏切るつもりじゃないよ。ただね、少し世界を見てみたくなったんだ。今のままの僕じゃあ正義なんて背負えないから。だから、無期限の長期休暇をもらうことにしたんだぁ」
デミッドの言葉にモモンガが怪訝そうに眉をしかめる。
「それに元帥が許可をくれたのか?」
その言葉にデミッドは笑う。
「あっははは。もらえるわけ無いじゃん。だから気付かれる前に行かなきゃ。出来れば後でモモちゃんが元帥やサカズキさんにフォローしてくれると嬉しいな」
その言葉にモモンガが何か言う前にデミッドはゆるりと笑って姿を消したのだった。
「あのバカ。俺がフォローしきれるような些細な事ではないぞ。これは」
デミッドが消えた部屋でモモンガは大きくため息をついたのだった。
《△月☆日
〜前略〜
追記
僕はまだ自分の正義を捨てられるほど強くはないから、中将として奴らを殺すことは出来ない。
だけど、今の僕は正義を背負った海兵じゃない。
だから“土蜘蛛”海賊団を見つけたら容赦はしない。
それが今回の件に対する僕のケリだと思う。
てわけで、さぁ、この広い海へ出港だ!
byデミッド》
―僕は広い世界に夢を見る。―
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