2日目
ドアを開けて清々しい朝の空気を肺いっぱいに吸い込む。
軽く準備体操して地面を蹴れば、軽やかに体は走り出す。
ふと、その途中で今まで行ったことのない路地裏に足を向けたのはただの気まぐれ。
煉瓦造りのレトロな雰囲気の路地裏。
なんで今まで気付かなかったんだろうってくらいに気持ちの良い道に、思わず胸がはずんだ。
耳につけたイヤホンから流れる音楽に乗りながらいつもと違う道を軽快に走る私の足を止めさせたのは一軒の雑貨屋さん。
そこだけ違う空間のような不思議な雰囲気を感じさせるこの店は私の好奇心をそそるには十分だった。
まさかこんな時間から開いているわけがないだろうと思ったけど、ちょっと汚れたドアの窓から中を覗いてみた。
薄暗くて中がよく見えない。
じれったくてドアについていた手に思わず力を入れた。
すると、あっけなく開いたドア。
カラン、と静かな路地裏に音が響いた。
「いらっしゃい」
思いがけず聞こえた声に私はビクッと肩を揺らす。
恐る恐る店の奥を見ると、カウンターににこにこと笑う人の良さそうなおじいさんが座っていた。
「朝からこんな可愛らしいお客さんだなんて嬉しいねぇ。朝早くに店を開けてたかいがあったよ。好きなだけ見ていきなさい」
怪しさなんて微塵も感じさせない雰囲気に私は少しほっとして肩の力を抜いた。
言われて、店の中を見てみると、可愛らしいアクセサリーや雑貨が趣味良く飾られていた。
こういうものに心惹かれるのは女の子としてしょうがないことだと思う。
うん。少しぐらいならいいかな。
私はそんなに広くない店の中をゆっくりと見て回る。
どれもアンティークな感じで私の趣味だ。
こんな店があるなんて全く知らなかったなぁ。
思いがけない新しい発見に思わず口元を緩めながら見て回っていた私を、何かが呼んだ気がした。
ふと目に入ったのは、少し古ぼけた髑髏のペンダント。
手にとって見てみると、それは懐中時計のようだった。
髑髏の蓋が透かし彫りになっていて、蓋の下の文字盤がちらりと見えてなんだか素敵な感じ。
蓋を開けてみると、12時で止まったままの時計の針。
壊れているみたい。
でも、何となく離しがたくてじっくりとそのペンダントを見ていると、おじいさんが微笑みながら口を開いた。
「お嬢さん。その懐中時計気に入りましたかね?」
「あ…いえ。ちょっと気になっただけで…」
慌ててペンダントを元に戻そうとするが、おじいさんの声がそれを止める。
「気に入ったなら、それは差し上げましょう。こんな朝早くに店に訪ねてくれたお礼ですよ」
その言葉に私はびっくりしておじいさんを見る。
「どうせ壊れてる物です。お嬢さんさえ良ければどうぞもらって下さい」
にっこりと笑って言われた言葉に、何となく抗えずに私はそのペンダントを握りしめた。
「あ、あの…ありがとうございます。また、来ますね。その時はちゃんと何か買いますから」
私の言葉におじいさんはゆっくり頷いたのを見て、私はお辞儀をして店を後にしたのだった。
「いってらっしゃい。良い旅を」
カラン、と音をたてて静かになった店の中で響いたその言葉が私に届くことはなかった。
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