26日目

カラン、と涼やかな音をたててグラスの中の氷が落ちる。

場所を移して、私たちはサフェリアさんのお店に来ていた。
ユグとライド以外のちびっ子達はそろそろお眠の時間だから一足先に船に帰ってもらった。

「それで、サフェリアさん。話を整理させてね。あなたはこのお店のコックなのね?」

確認すれば、向かいのテーブルに座るサフェリアさんが無駄に長い足を組み替えて頷く。

「ええ。正確にはここのオーナー兼料理長。このお店は2年ほど前に開いたの。それまでは…偉大なる航路にいたわ」

「偉大なる航路?」

聞きなれない単語に眉をひそめると、サフェリアさんは信じられない、と手で口を覆う。

「やだ、ユウナちゃん知らないの??海賊なら一度は夢を見るものよ。偉大なる航路を制覇して"ひとつながりの大秘宝"を見つけようって」

「ワン、ピース?」

あれか?ひらひらしててかわいい少女が着るあれか?
海賊が夢見るって…みんなロリコンもしくは変態か?

ますます訳が分からず首を傾げていると、ライドが口を開く。

「しょうがねぇよ。ユウナは違う世界から来たからな。こっちのことは知らないと思うぜ?」

「あ、こら、ライド」

違う世界とか言ったら余計話が混乱するだろうが。
と心配したのも束の間

「んまぁ!さすが私のユウナちゃん!何か他の連中とは違うと思ってたのよね!!やだ、何かの主人公みたい、素敵!」

目を輝かされた。

「でも、そうね、なるほど…。確かに何も知らないのだとこれから先が心配ね。ライドくんは何も教えてくれなかったのかしら?」

「馴れ馴れしく呼ぶんじゃねえ。俺も捨て子だ。誰かに教えられるほど知識があるわけじゃねぇよ」

ふてくされたように言うライドの頭をよしよし、と撫でてなだめてやる。

「そういうことでサフェリアさん。私たちは情報に飢えているの。あなたの知っているこの世界のことを洗いざらい喋ってちょうだい」

顎で促せば、サフェリアさんは大きくため息をついた。

「高圧的なユウナちゃんも素敵…」




どれくらい経っただろうか。
まずはこの世界のことから、とサフェリアさんが地図まで持って来てくれたおかげでだいたいのことは掴めた。
4つの海、偉大なる航路、海軍、海賊王、そしてひとつなぎの大秘宝。

「で、海賊として名を挙げたければ偉大なる航路に突入して暴れるのが手っ取り早いってわけね。…なんとなく世界についてはつかめて来たかな。えーっと、それじゃあ、私が狐になったり、ニィナが人魚になったりってどういうこと?こっちの世界だと当たり前なの?」

聞くと、サフェリアさんはなぜか得意そうに目を輝かせる。

「当たり前?とんでもない!2人とも異端中の異端よ。特にユウナちゃん、あなたはね、"悪魔の実"の能力者よ」

「悪魔の実?」

また知らない単語が出て来た、と思ったらガタガタっと派手な音がして私はびっくりしてライドを見る。

「どうしたの、あなた…?」

椅子から転がり落ちたライドは、私を指差しながらぱくぱくと口を開けたり閉めたり。

「ユウナ、お前、悪魔の実を食べたのか…?」

「だから、何よそれ」

話がつかめず眉をしかめるとサフェリアさんは肩をすくめた。

「ライド君がそんな反応になるのも仕方ないわ。悪魔の実は海の秘宝とも呼ばれる奇怪な食べ物でね、食べると一生海に嫌われて泳げなくなる代わりに不思議な力を得るのよ。ほら、このように」

そう言ったとたん、目の前でサフェリアさんが消えた。

「!!」

驚いて身構えた私の目の前を白い霧がふよふよと漂う。

「まさか、サファリさん、あなた…」

「ええ、私も悪魔の実能力者。"キリキリの実"の霧人間よ。改めてよろしくね」

白い霧が再び集まり、サフェリアさんの形になって絶句。
だけど、もう自分が狐になったり、ニィナが人魚になったり、驚きには慣れてきていたみたいですんなりと受け入れることができた。

「なるほどね。面白い世界じゃない。他にもいろんな能力者がいるの?」

「ええ、探せばね。ただ、この悪魔の実はとても貴重で滅多に手に入らないものなの。もし売られれば軽く億は超えるでしょうね。そして、その中でもユウナちゃん。あなたの能力は異端よ」

「異端?」

霧になる人間にそんなことを言われる筋合いはないように思えるが。
そんな思いで首をかしげた私にサフェリアさんはさらに分厚い本を店の奥から持って来て広げて見せてくれた。

「これは悪魔の実の図鑑。キリキリの実も載ってるわ。でもねユウナちゃん、あなたが食べた実はここには載っていない。つまり、未だ発見されたことのない能力なのよ」

「なるほど…。え、じゃあどんな能力が使えるかとか全く情報がないってこと?」

それは不便だ、と顔をしかめるとサフェリアさんは悪戯っぽく小さく笑った。

「見くびらないでちょうだい。私はこれでも優秀な情報屋よ。…正式なものではないけど、あなたの能力、聞いたことがあるわ」

真剣なサフェリアさんの言葉に神妙に耳を傾ける私たち。

「おそらく、あなたが食べた実は"イヌイヌの実 モデル九尾"。世界でも確認されているのは他に1つしかない、世にも珍しい幻獣種の悪魔の実よ」

その言葉に、私は納得して頷く。九尾は元の世界でも聞いたことがあるし、自分自身、尾が九本の狐であることから想像はついていた。

「やっぱり九尾、か。それ自体は私の世界でも聞いたことあるわ。すごく有名な大妖怪」

「あら、そうなのね。共通しているところもあるなんてますます興味深い。まあ、とにかく、昔々の大昔、ワノ国で九尾の能力者が暴れまわって退治されたという伝承を聞いたことがあるわ。その身は山ほど大きく、熱を奪う炎を操り、周辺国を滅ぼし、ワノ国を恐怖と混乱に陥れたってね」

「はは、それは相当な大悪党ね。確かに、青い炎は出せたけど、体は山ほどは大きくないわよ」

大仰な表現に思わず苦笑した私にサフェリアさんも頷く。

「まあ、伝承だから。多少大げさにもなっているでしょう。でもね、国を恐怖に陥れるほどの戦力であることは事実よ。その自覚は持った方がいいわ」

「自覚?」

「ええ、その能力の存在が知られたら海軍、海賊、様々な人たちが様々な理由であなたを狙うわ。私なんかの比じゃないでしょうね。ユウナちゃん、あなたは海賊船長としてこの荒波を生き抜く覚悟はあるかしら?」

見定めるようにまっすぐと見つめるサフェリアさんに、私はにやりと笑って見せた。

「荒波上等。私の船員たちは私を信じてついてきてくれると誓ってくれた。そのときからどんな荒波も生き抜く覚悟はできてるわ」




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