22日目

ぱちぱち、と乾いた拍手の音に、閉じていた目を開けてユウナは暗い路地裏を睨む。

「せんちょ…」

緊張の走るニィナを背後に隠して、ゆらりと尻尾を動かす。

「誰?」

低く声を這わせれば、影のようにすうっと現れた長身の男。
高く昇った三日月に照らされた顔はひどく整っていて現実味を感じさせなかった。
すっと通った鼻筋が落とす影と肌の白さのコントラストがさらに男の雰囲気を不思議なものにしていた。

声を出せずに固まっているユウナに、男は薄い唇をふっと緩ませる。

「あいつらから聞いた通りの姿だね、狐のバケモノさん?」

見た目と同様に涼やかな声が、ユウナたちを現実に引き戻した。

「あいつら…?まさか、さっきの…」

再び、緊張を巡らせるユウナに男は薄く笑う。

「そ。せっかく能力者の弱点教えてあげたのに全く使えなかったね。もう少し働いてくれると思ったのだけど」

男の言葉に、ユウナの尻尾の毛が逆立った。

「お前が、けしかけたのか…」

ひゅっと風を切って金色の光が男の首に巻きつく。

「あんたは誰だ。何が目的だ。答えろ」

語気を強く問いかけると、男は焦りもせずに両手を挙げて降参のポーズを示す。

「あら、やだ。また会いましょうって言ってくれたのに忘れちゃったの?私のこと」

悪戯っ子のようにウインクをしたその口調と、整ったその顔にどこか見覚えがある気がして、ユウナは一瞬考え込んで、次の瞬間目を見開いた。

「え、は?アイス屋のお姉さん…?」

驚きのあまりぽっかりと口を開けて恐る恐る尋ねると、彼はにっこりと笑って見せた。

「さっきぶりね。名もなき海賊団の船長、ユウナちゃん?」

「…わけが、わからないよ…」

思わずこぼれ出た言葉にニィナが何度も同意の頷きを返してくれた。

「えっと、とりあえず確認したいのだけど、あなた、男?」

聞けば、バチっとウィンクを飛ばしてくるそいつ。

「性別上はね」

「性別上は…てことは、うん、な、なるほど」


昼間は女性の格好してたし、きっとそういう趣味の方なんだろう。
別に知り合いにも体と心の性別が異なる人もいたし、と納得しかけたユウナになぜか頬を膨らませる彼。

「やだ、ユウナちゃんったら誤解よ。私は女装が趣味なだけのノーマルな男の子、サフェリアさんよ」

女装趣味はノーマルと言うのか、とか、どう見ても男の子と言えるような年齢じゃない、とか、いろいろ突っ込みたかったが、元気よく突っ込むにはユウナは疲れすぎていた。

「う、うん、わかった。じゃあ、さようなら、サフェリアさん」

はは、とぎこちなく笑ってニィナの手を取り歩き出そうとしたユウナの行く手をサフェリアが塞ぐ。

「ユウナちゃん。オレがあなたをそのまま返すとでも思ってんの?」

耳朶を震わせる先ほどよりも低い声。月が逆光となって見えない表情。
ユウナは危険な香りに瞬時に戦闘モードにはいった。

「…あんたの目的はなに?あなたに恨まれるようなことはした覚えがないのだけど」

ピリッとした空気に、じんわりと背中に冷や汗が滲む。

「あらぁ。本当に心当たりがない?」

にこっと彼が微笑んだ気がした瞬間、空を切る音がした。

ヒュッと繰り出された蹴りを、尻尾が反応して防ぐ。防がれた足を軸として再び繰り出される蹴り。
素早い攻防に、ユウナは小さく舌打ちをする。

防御に関しては、尻尾が自動で反応して防いでいるが、攻撃に転じるためには自分が隙を見つけなければならない。
しかも、ようやく能力が分かってきたのだが、どうやら尾の自動防御は殺気に反応するらしい。彼、サフェリアの攻撃はひどく冷静で殺気が感じられにくい。
そのため、先ほどから防御に遅れが生じていた。

このままじゃまずい。



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