21日目
「せんちょ、すごかったね」
サフェリアさんのショーが終わっても客の興奮は冷めやらない中、ニィナもつぶやく。
「そうだね」
本当に美しかった。私もまた、先ほどの余韻に浸りながら満足げに頷く。
「でもなぁ…」
サフェリアさんを仲間に勧誘するかどうかはまた別の話だ。確かに料理の腕も素晴らしいし、面白いものも見せてくれた。
でも、私たちは海賊なのだ。
あんな美しい彼女をそんな荒々しい世界に引き入れるのには気が引ける。
「行こっか、ニィナ」
「え、せんちょう、コックいいの?」
不思議そうに見上げるニィナの手を引きながら私は苦笑する。
「大丈夫、まだまだコックはいるからゆっくり探そう」
「そっか…」
少し、いやだいぶ残念そうなニィナの様子に参ったな、と私は頬をかく。
と、そのときだった。
薄暗い路地を港の船に向かって歩く私たちの後ろから、突然ばたばたと荒々しい足音が近づいてきた。
「とまれ!」
殺気立った声に振り向いた私の目に映ったのは、前の島であったあの海賊たちだった。
「あんたたちは…」
眉をひそめて呟く私に、海賊の船長が笑う。
その姿はたった数日の間にだいぶ様変わりしていた。
伸びっぱなしの無精ひげに深い隈。よれよれの服に赤く酔っ払ったような顔。
「ようやく会えたなぁ?お狐さんよォ。探してたんだぜ」
どう見ても正気の状態に見えない様子の船長の後ろでは不安げに私たちと自分たちの船長を見やる船員たち。
その様子に首を傾げながら私は尋ねる。
「なに?私になんか用があるの?」
「用があるか、だと…!?ああ!あるさ!この前はよくもぶっ飛ばしてくれたなぁ!」
青筋を立てて怒鳴り散らすそいつに私は、はぁっとため息をつく。
「あれはあなたたちが先に手を出してきたんでしょ?返り討ちにされたくらいでぎゃあぎゃあ情けない。海賊のくせに」
「な、なんだとぉお!!?」
怒りのあまりただでさえ赤かった顔が茹で上がったかのように真っ赤になり、まるで煙まで見えるようだった。
そんな船長に船員たちがおどおどと話しかける。
「せ、船長…、やっぱりやめましょうよ…あんな奴の言うこと間に受けて、こいつ怒らすとヤベェですぜ….」
「うるせえ!お前らこんなガキに言いたい放題言われて悔しくねぇのか!?それに"アイツ"が言ってただろ!能力者の弱点は…」
唾を飛ばしてわめく男がにやりと笑った。
「海だってな」
どん、と体に鈍い衝撃。
体当たりされたのだと気付いたのは、足が港の縁から離れてから。
下は暗い海。
ばしゃん、と背中から海に落ちて最初に感じたのは違和感。
なんだこれ。力が抜ける。
私は水の中は苦手ではない。どちらかというと得意だったはずの私の体は、意志に反して水を掻くことをせずにどんどん沈んでいく。
なんで。
ごぼりと口から洩れた空気が上へ登っていくのを霞む視界でとらえた。
そして同時に、上から何かが小さな影が落ちてくるのが見えて私は力の入らない体でもがく。
(ニィナ…!)
最初、同じようにニィナが海賊に突き落とされたのだと思って真っ青になった私は、次の瞬間信じられないものを見て大きく目を開けた。
(人、魚…?)
水中に落ちたその影は、華麗な泳ぎで水を切りあっという間に私の目の前まで迫る。
その顔は確かにニィナで。しかし見慣れたニィナの小さな足は見慣れないきらきら光る尾びれへと変化していた。
ニィナに支えられ、ざばりと水中から顔を出して私は大きく咳き込む。
「せんちょ、大丈夫??」
「ニィナ…」
力の入らない腕で陸に体を引き上げ、私は肩で大きく息をしながらニィナを見る。
しかし、次の言葉を発する前に後ろの声が遮る。
「ははは!バカめ!隙だらけだ!」
視界の端に映ったのは月の光に鈍く輝く刃。
それが自身に向けられていると意識する前にいつの間にかあの金色の光が一閃きらめく。
意識して能力を発動させたわけではないが、いつの間にか発現していた九本の尾のうち一本が鋭く男の剣を弾き飛ばしていた。
「くそっ…!」
しかし、それで諦めたわけではないのだろう。懐から短刀をさらに取り出したその男は、再び大きく振りかぶって…。
「!?おまえ!」
私と同じように陸に上がってきたばかりのニィナに向かって振り下ろした。
「ニィナ!」
叫びながら伸ばした尾がなんとか間に合って刃をとめる。
「よくも、うちの子を狙ったな…」
自分が出したとは思えない低く地を這うような声が怒りとともに吐き出される。
「ひっ」
ぽたぽたと雫が滴れる髪の間から、海賊が息を飲んで震える様子が見えた。
カラン、と武器が落ちる音が聞こえたが、ユウナは止まるつもりはなかった。
「あんた達は殺す気できたんなら、殺されても文句ないよね?」
にこっと、全く感情を伴わずに口の端をあげて尾をゆらりと揺らしたときだった。
「せんちょ、まって!」
とん、と背中に軽い衝撃を感じて、はっと我に帰る。
「ニィナ…」
「せんちょ、わたしは…だいじょうぶ…だいじょうぶだからいつものせんちょに…もどって…!」
震えながら背中にしがみつくニィナを見下ろして、頭に上っていた血がゆっくり引いていくのが感じられた。
「あなたたちさ…」
私の声にびくっと反応したのが気配からわかった。
「私の気が変わらないうちに消えて。じゃないと本当に殺してしまうかもしれないから」
ニィナの背中をゆっくりとさすりながら、海賊たちがばたばたと慌てて去っていく音を背中で聞いていた。
「せんちょ…」
恐る恐る見上げるニィナに私はゆっくりと微笑む。
「ごめんね、ニィナ。怖い思いをさせた」
謝ると、ニィナはその小さな頭をふるふると左右に振る。
「わたしこそ…なにもできなくて…」
そう呟くニィナに私は目を丸くしてニィナの瞳を覗き込む。
「ニィナ。私はさっきあなたに助けられたんだよ。あなたがいなきゃ、溺れてた。何もできないなんて言わないで」
そう言うと、ニィナは驚いたように固まってから徐々にその瞳を潤ませて呟く。
「わたし、せんちょをたすけられたの…?わたしがいて、よかった…?」
なぜか震えるニィナの体をぎゅっと抱きしめて私はもう一度ゆっくりと言葉を紡いだ。
「あなたが、私を助けてくれたの。あなたがいてくれて、本当によかった」
ゆっくりと撫でる小さな背が細かく震えるのを感じながら、私はゆっくりと息を吐いたのだった。
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