20日目!

チリン、と涼しげな音を立てて硝子が窓のようにはめ込まれたこじゃれた木製のドアが開いた。

開店したばかりだったみたいでGourmet a freddoにお客は私たちしかいなかった。
店に足を踏み込めばひやりと冷たい空気に頬を撫でられ、思わず小さく身震いをした。
店内は薄暗く、入り口の横にカウンター席があり、奥のほうにはいくつかのテーブル席と最奥には一段高くなったステージのようなスペースが設けられていた。

「何名だい?」

横から不意に低い声が聞こえてカウンターを見れば、暗がりにコップをふく壮年の男性の姿が見えた。

「…二人です」

気配のなかった店員に内心びっくりしながらも答えると、店員は再び問う。

「…カードかい、ダイスかい」

「え?」

聞かれた意味が分からずに聞き返せば、店員は眉をひそめて私たちをじろりと見る。

「ガキじゃないか。あんたらにギャンブルは早いよ」

ああ、そうか。この島のレストランは賭場も兼ねているのか。
カードはトランプ、ダイスはサイコロを使うギャンブルのことを指していたことにようやく気付き私は笑いながら首を振る。

「違うよ。私たちは単に食事をしに来たんだ。面白いものが見れるってそこのアイスの店員さんに聞いてね」

言えば、一瞬店員が驚いたような顔をしてから再び視線をコップに戻して手を動かし始めた。

「そうかい、あの子がここを紹介したってんなら追い返すわけにもいかないね。好きなとこへ座りな」

言われて、私はニィナの手を引きながらカウンター席に腰掛ける。

「あの子、ってアイスの店員さん?お姉さんと知り合いなの?」

気になって質問を重ねれば今度は表情を変えずに店員は答える。

「あの子はうちのシェフだよ。レストランの下準備が早めに終わるとたまにああしてアイスを外で売ってるのさ」

これは驚いた。
あのお姉さんシェフだったのか。

それにしても、コックを探している私たちにちゃっかり自分の店を紹介するあたり、結構いい性格をしているのかもしれない。

そんなことを考えていると、店員さんがすっとメニューを私たちの前に出してくれた。

ありがたく受け取って見てみるが…困った。
私にはこの世界の文字が見えないんだった。

「ニィナ。読める?」

ニィナに聞いても困った顔を返されたので、私は苦笑して店員さんに再び声をかける。

「すみません、おすすめとかあります?」

「…何でもいいなら日替わりパスタがあるよ。今日はマルタ茸とバークリー海老の冷製パスタだよ」

「それ二人分お願いします!」

バークリー海老はおそらくこの島の特産物なんだろう。美味しそうな響きに即答すれば、店員さんは注文をシェフに伝えに行くためだろう。奥のほうへ消えてしまった。

改めて店内を見渡すといつの間にか結構人が入っていたようですでに店内は満席になっていた。それでもまだ人が入ってくるからこのレストランは有名なところだったのかもしれない。

テーブル席やレストランの空いてるスペースではすでにトランプやサイコロを使った賭博が繰り広げられていた。
静かだった店内ががやがやと喧噪に包まれ始めたころ、料理が到着した。

ピンク色の締まった身の大きな海老とあまり見たことのない黄色がかった丸い茸に彩られた冷製パスタは思わず感動するほどおいしかった。
隣ではニィナがパスタを口に入れたまま驚きで固まってしまっている。

笑いながらニィナを見ていると、ぼんやりとした照明が突然落ち、店内が真っ暗になってしまった。
驚いて周りを見れば、明るい光が一筋スポットライトのように奥のステージを照らしていた。
いつの間にかあんなにうるさかった喧噪も収まり、みんなが舞台に集中しているのが感じられた。
そして、感じる違和感。
ぼんやりと視界が白く霞む。

ドライアイスでも焚いているのだろうか。空気もどことなくひやりとしたものに変わった。

さらに、白い靄が濃くなり、横にいるはずのニィナの姿すら見えなくなったと思った瞬間、さぁっと靄がステージがあった場所の方へ一斉に引いていき、次の瞬間には霧が人の形に凝縮された。
そしてどんな仕掛けか、集まった霧が一人の女性に変わった。まさに、霧が人になったかのように。
白い霧から現れた黒いドレスと艶やかな長い金髪。
あまりにも現実離れした容姿のせいか。霧の中から現れたのにも違和感を感じなかった。
それはため息をつくばかりの美しさだった。

「ようこそ。レストラングルメット・ア・フレッドへ」

低めではあるが、透き通った声が店内を揺らし、私ははっときづく。

(あれ、今の声…)

「今宵も、わたくしサフェリアが皆様を一晩限りの幻想の世界へとご案内いたしましょう」

にっこりと笑った彼女が悪戯っぽく私に目くばせしたのを確かに見た。
そして確信する。

「アイス屋のお姉さん…」

確かに、彼女はこのレストランの向かいでアイスを売っていたお姉さんで、ここの店員さんによると彼女はこのレストランのシェフで…それからこの面白いものを見せてくれる張本人だったというわけだ。

なんだか、わけがわからない。
いったい何なんだ、あの人は。

そんな考えも、彼女の見せてくれるショーを前に吹っ飛んでしまった。

雪のような白い肌から生まれる数々の奇跡。虹色に輝く霧の噴水に、あちこちで花のように舞い散るひんやりとした雪花。サフェリアさんが自らの手を切り落として再びくっつけたときには目を疑った。

まさに、彼女が最初に言った通りの幻想の世界が目の前に繰り広げられたのだった。


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