19日目!

「んーー」

遠くに見えてきた新たな島を見ながら私は頭を抱えて唸る。

「どうしたユウナ?うんこか?」

「だまれライド」

デリカシーのかけらもないライドの言葉を一蹴して、私はかさりと一枚の紙を広げる。

『スリルと欲望の島へようこそ!』

A4ほどの大きさのその紙にはでかでかとそう書いてあった。
ちょうど先ほどすれ違った商船にもらったものだ。
この先にある島はどんなところかと聞けば、この紙を渡されたのだ。
つまり、今から行く島は『スリルと欲望の島』なのだろう。

またとんでもなく危険な香りがするが…

ちらりと船の上から、海で遊ぶちび達を見る。

ばっしゃん!と大きな水飛沫をあげて小さな船くらいある海獣を仕留めたアリトンくんとスミスくんが無邪気な顔で私を見上げる。

「せんちょー!ゆうはんとったぞー!」

うん。大丈夫そうだな。



スリルと欲望の島バークリーへようこそ



「さて。諸君」

バークリーの港に船を停めて、私は集まったちびっこ達をぐるりと見渡す。

「私たちがすることは分かってるね?」

聞けば、元気良く手が上がる。

「せんちょーよりうでのいいコックをさがす!」

「うん、正解なんだけど、なんか悪意あるよね、その言い方」

いや、そうなんだけどね!
事実だけどももうちょっとふわっと言って欲しかったぜ…

「ま、いいや。ニィナは私と。アリトンとスミスはユグと。リックはライドと一緒に行動すること。三班に分かれて夜飯がてらコックを探しておいで。かいさーん」

私の号令に歓声をあげて駆け出すちびっこ達を見送り、私は残ったニィナを見下ろす。

「行こっか」

にこっと笑って手を差し出せば、はにかんだように笑い返しながら手を握ってくれるニィナ。

…かわいすぎる。

思わず抱きしめたくなった衝動をなんとか抑え、ニィナを抱えて船から飛び降りた。



私たちは港から続く細い路地裏を中心街へ向かって進んだが、とてもチラシにあったような『スリルや欲望』は感じられない。
むしろ、穏やかな港町といった雰囲気さえ見受けられた。
不思議に思いながらも路地裏を抜ければ、少し騒がしいものの、やはり穏やかな雰囲気の大通りに出た。

道沿いに建ち並ぶお店は思ったよりもバラエティに富んでいて、手をつないで歩いていたニィナなんかは口をぽかりと開けて大通りを見渡す。

「ニィナ、なんか気になるお店でもある?」

何もない島にいたニィナにとって、見慣れないお店ばかりなのだろう。
一生懸命頭を左右に降りながら歩くニィナを置いていかないようにゆっくり歩きながら聞けば、ニィナは私の顔を見つめてから恥ずかしそうにうつむく。

「…あの、あれ…」

ニィナが小さく指差した方を見れば、そこにはアイスクリーム屋さんが。

「アイス食べたいの?」

子どもらしいな、と思いながら聞けばニィナは何故か首を傾げる。

「あ、いす…?」

繰り返すニィナの言葉を聞いて、私ははっとする。
そうか、この子、アイスを知らないのか。
あんな島にアイスなんて洒落たものがあったようには確かに思えない。

「あの、あの子たち、すごくしあわせそう…」

ニィナが指差す方には、親にアイスを買ってもらって嬉しそうにはしゃぐニィナと同じくらいの子ども。

不思議そうにその子を見つめるニィナの頭に、私はぽんっと手を置いて、にかっと笑う。

「じゃあ、ニィナも幸せになろっか」

「え…」

私を見上げるニィナの手をひいてアイスクリーム屋さんへ向かう。

「すいません、アイス一つください」

言えば、優しそうなお姉さんがふわりと笑う。

「何味になさいますか?」

「んー、おすすめは?」

思ったよりもたくさんの味があり、その上私の知らない名前のアイスばかりだったから尋ねれば、お姉さんは丁寧に説明してくれる。

「そうですね。一番人気はこの島特産の果物"虹色マンゴー"を使った虹の実アイスですね。一口で甘い味から酸っぱい味まで楽しめてお子様にも大人気ですよ」

なにそれ、すごく美味しそう。

「それにします。おいくらですか?」

「五百ベリーになります」

私はポケットの中の小銭を確認する。
うん。船を降りる前にライドとユグにはそれぞれに3千ベリーほど持たせてあるし、私も現在5千ベリー持っている。

お金を出せば、笑顔でお姉さんがアイスをニィナに渡してくれた。

「どうぞ。ふふ。特別にわたぐもアイスを一個オマケしといたわ」

ニィナが手の中の二段アイスに目を輝かせているのを見て、私は苦笑しながら店員さんにお礼をいう。

「ありがとうございます、おまけまで」

「ふふ、いいのよ。その子とてもキラキラした目でアイスを見てたからついもっと喜ばせてあげたくなっちゃって」

ああ、なんて素敵なお姉さんなんだ。
スリルと欲望の島でこんな天使みたいなお姉さんに会えるとは。

両手でアイスを持って恐る恐る口に運ぶニィナをお姉さんと微笑ましく見守りながら、せっかくなのでコックのことも尋ねてみる。

「お姉さん、この島に腕のいいコックさんっています?ついでに腕っぷしもいいとなおいいんだけど」

「あら。それならあの向かい側にグルメット・ア・フレッドって看板の出てるレストランが見えるかしら?」

「グルメット…?」

お姉さんに指をさされた方向へ視線を向ければ確かにこじんまりとしているが品の良い佇まいのレストランの前にGourmet a freddoの看板が出ているのが見えた。

「冷たい美食っていう意味なんですって。冷製パスタとか本当に美味しいのよ。それに夜に行けば面白いものも見れるし」

ふふ、と笑うお姉さんの言葉に首をかしげる。

「面白いもの…?」

聞いても、お姉さんは見てのお楽しみ、と言うだけで教えてくれなかった。

「それより、もうすぐ日が落ちるわ。レストランに行くのはいいけど、そのお嬢さんは家に帰したほうがいいわ」

「ん?なんで?」

「あら。だって、この島はスリルと欲望の島よ。夜になれば東の海最大の賭博の島へと変貌するわ」

知ってて来たんじゃないの?と怪訝げな顔のお姉さんに私は苦笑を漏らす。

なるほど。欲望とスリルとは賭博のことを指していたのか。表向きにはこの世界でも賭博は違法行為。このご時世に律儀に守っている者などいないが、それでも大々的に賭博を行えば取り締まられてしまうのだろう。だからあのチラシに詳細が載っていなかったのか。

ようやく合点がいき、まわりを見渡せば薄暗くなってきた町の角々で怪しいネオンの光がともり出した。にわかに雰囲気を変え始めた島の様子に、心の奥底で少しばかりの冒険心が騒ぎだすのを抑えることができなかった。

また会いましょう、と優しい笑顔を見せてくれたお姉さんにユウナも手を振り返し、明かりが灯ったレストランの扉を開いたのだった。




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