17日目

子供達のために町で手にいれた新鮮な野菜や肉を使った料理を甲板に並べて宴は始まった。
美味しそうに料理を頬張る子供達の様子を、私は少し離れたところで眺める。

その横にライドが黙ってやってきて腰をおろした。

「…ごめんね」

ライドが何かいう前に、私はぽつりと謝った。

「なにがだ?」

「あんた達には、ちゃんと覚悟があった。生きるために戦う覚悟が。…なかったのは私の方だ。海賊としての覚悟も、船長としての覚悟も」

そう言ってジョッキを持つ手に目線を落とせば、二人の間にしばらく沈黙が落ちる。

「…なあ」

二人の間だけやけに静かな沈黙をライドが破る。

「なんで、ユウナは船長引き受けてくれたんだ?」

「え?」

予想していなかった言葉に、私は思わずライドを見る。
ライドは子供達から視線を動かさずに続けた。

「俺、あの夜、あんたが俺をかばってくれたのを見て、すっげえ驚いたんだ。今まで誰も俺たちを守ってくれなかった。俺らなんかを気にかけてくれる奴なんかこの世にゃいねェと思ってたんだ」

ライドの言葉に、私は胸が痛んだ。
そうやって生きてきたんだ、彼らは。
誰かに守られることなく、頼ることなく。

「なんてんだろうなァ。あんたが、怪我をしてまで庇ってくれたのを見て、胸が、震えたんだよ。んで、思ったんだ。俺たちの船長はユウナしかいないって。だから、ユウナがなんと言おうと無理にでも俺はユウナを船長にするつもりだった」

ようやく私に向けられた彼の瞳は切なそうに揺れていた。

「でも、それってユウナの気持ちも何もかも無視してたんだよな。なのに、どうしてユウナは…」

「私さ、妹が、いたんだよね」

ライドの言葉を遮って、私は再び視線を子供らに向ける。

「5歳も年が離れてたから、生まれたときから私もお母さんと一緒に世話を見ててさ。最初にあの子が覚えた言葉が、お姉ちゃん、だった」

話しながら、懐かしさに目を細める。

「どこ行くのもついてきてさ、本当に可愛かった。んで、妹が五歳になったある日、私は妹を連れて公園に遊びに行ったんだ。春の、暖かな日で、公園には綿毛になったたんぽぽがいっぱい咲いてたんだ」

何度も夢に見た、たんぽぽと夕暮れと、砂場。

「妹が、たんぽぽ見るの初めてだったから、とってきて、綿毛を吹いて喜ばしてやろうって思って…砂場の妹からちょっとだけ目を離したんだ」

ジョッキを握る手に知らず知らず力が入る。


「なんで、目を離したかな…。大っきなたんぽぽ見つけて戻ってきたら、妹は消えてた。…私が目を離したせいで誘拐されて殺された」

ライドは何も言わずに、ただ私の言葉を聞いていてくれた。
だからか、余計に今夜は口が回った。

「私が、殺したようなもんだ」

今も変わらず思い出せる、あの子の笑顔。
もうすぐ小学生になるんだ、お姉ちゃんと一緒に学校通うんだって嬉しそうに言ってた。

おじいちゃんに買ってもらった新品のランドセルは一回も使われることなく、物置で埃を被っている。

家族は誰も私を責めなかった。
私には、それが余計に辛かった。
いっそのこと、あんたのせいで、と罵ってくれたらどんなに楽だったことか。

でも、誰もそうしなかった。
だから、自分で自分を責め続けた。
そして、犯人を憎んだ。

「それで、決めたんだ。私は、警察になって悪い奴らをみんな懲らしめてやる、って。私が守れなかった妹の代わりに他の子供を悪から守るってさ。それが、私の生きがいだった。それが全てだった。…でも、なんでかな。私もよく分からないんだけど、この前、突然ここへ飛ばされちゃったんだ」

「飛ばされた?」

ライドが初めて怪訝そうに口を挟んだ。

「そう。私さ、こんな海賊が普通にいる世界も、海が四つに別れてる世界も、あんた達が言っている海軍って組織のいる世界も、なんも知らないの。ここは、私がいた世界とは、まるで違う世界。信じる?」

言えば、あっさりと。
あまりにもあっさりとライドは頷いた。

「そんな嘘ついてもしかたねェしな。なにより、俺はユウナを疑わねェ」

ライドのきっぱりとした言葉に、私は思わず少し笑ってしまった。

そして、私は空を見上げた。

「帰れるのかどうかも分からない。この世界でどう生きて行けばいいのか、分からない。そんなところに、あんたが私を誘ったんだよ。目の前には困っている子供たち。断ると、思う?」

口の端を上げて見せれば、ライドも少し笑う。

「断れねェな」

「でしょ?…子供を守るために警察になりたかったのに、そんな自分がまさか海賊になるなんてね。あ、別に後悔してるわけじゃないんだよ?」

それでも、やっぱり子供を助けるヒーローが私の夢、だったから。

自分が助けられなかった妹の代わり≠ノ他の子供を助けたい、なんて正義のヒーローが聞いて呆れるだろうけどさ。

そうこぼせば、ライドは首を傾げる。

「なればいいじゃん、ユウナ。ガキ達を助ける正義のヒーローに」

「え?」

あまりにあっけなく言われた言葉に思わず聞き返すと、ライドはふざけている様子もなく続ける。

「俺はさ、最初に言ったと思うけど、奴隷だったんだ」

「…うん」

今度は、私がライドの言葉に耳を傾ける。

「奴隷ってのは、悲惨だ。人として見てもらえねェ。犬も食わないようなメシ食わせられて、ボロボロになるまで使われて捨てられる、ただの消耗品だ。そんなとこに、オレとユグはいたんだ」

ちらりと、宴の輪の中で楽しそうに他の子達と歌っているユグを一瞥してライドは大きく息をついた。

恐らく話すのが辛いのだろうとは思ったが、あえて遮ろうとは思わなかったから黙って続きを聞く。

「そんな、俺たち奴隷を、この世界の正義だっていう海軍の奴らは見て見ぬ振りをしてきた。目の前に違法な奴隷がいるのに、ぼろぼろになった俺たちをあいつらは見えないって、言ったんだよ」

ぎりり、と握りしめられるライドの拳。

「俺とユグはどうにかそこから抜け出してここまで逃げてきた。その間にいろんなもんを、見たよ。苦しんでるガキもたくさん見てきた。海軍には助けてもらえねェガキがいっぱいいるんだ」

そう言って、ライドはこの夜初めて私の目をまっすぐに見た。

「ユウナが、ガキを助けることを目標にしてきたってんなら、ここで、助けりゃいいじゃねぇか。ここにはそんな助けを必要としてる奴らがいっぱいいる。きっと誰よりも自由な海賊じゃなきゃ、できねェことだ」

いつの間にか、宴をやっていた子供たちも静かに私を見ていた。
空には日本で見たこともないくらいたくさんの星が瞬いていて、星の降る音が聞こえてきそうなくらい静かな夜だった。

なんて、自由な、夜。

もやもやしていた胸が、この夜空と同じくらい晴れ渡って行くのを感じた。

なんて、自由な、世界だ。

その中で、誰よりも自由な、私達がいる。


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