16日目



「なあ、ユウナ」

「なによ」

きちんと人の姿に戻った私は、戦うことのできるライドと、もう一人ユグを連れて予定通り港に降りた。
だいぶ船が遠くなったところでライドが私に声を掛ける。

小さく見える船から残った子供達が羨ましそうに私達を見送っていた。

「あいつらさ、あれでもこんな町よりよっぽど治安悪いところで生き延びてきてるんだぜ?」

「…だからなに?あの子達をこんな危なそうな島で好きにさせろと?」

そんなこと、できるわけがない。
少し非難を込めて言えば、ライドは気まずそうに口ごもる。

「そういうわけじゃねーけど…あんま過保護になりすぎんのもよくねーだろ?あいつらだって、海賊やる覚悟はできてんだから」

「覚悟?」

その言葉に私は足を止める。

「あんな、ちっさい子に、海賊やる本当の意味がわかってるっての?」

「ユウナ?」

ライドの戸惑ったような声に、何故か私は無性に腹立たしくなった。

「私は、私はね、ほんというと、あの子達が海賊やるのに賛成してるわけじゃない。でも、あんたがあの子達のどこにいるかもしれない親にあの子達のことを気づかせるために海賊やるって言うから…、略奪や殺しを目的としてないって言ってたから船長引き受けたのよ」

どうせ、私が船長やらなくてもこの子達は海賊になるつもりだったし、そんな危険を侵す子供達を私が見殺しにするくらいだったら。

船長になって守ってやろう。
この子達が傷つかないように、人を傷つけないように私が。

「覚悟ってなに?危ない町を冒険する覚悟?人を傷つける覚悟?子供に、そんな覚悟をさせるなら、私は今すぐ船長をやめる」


それを、過保護と言われた気がした。

そんなことをライドが意図して言ったわけではないことは頭ではわかっている。
けど、私は

「簡単に、覚悟とか言わないでよ!私は、もう誰にも私の前からいなくなって欲しくないの!」

頭をよぎるのは、タンポポの綿毛と、作りかけの砂場の泥だんご。
さっきまでそこにいたのに、もう二度と戻ってこない。

ああ、違う。これは私の話だ。
目の前のライドに言っても仕方のないことなのに。

涙が、あふれる。


「あ、おい、ユウナ!」

慌てたようなライドの声を背中に、私は走り出した。

なっさけない。
年下相手にむきになって。
勝手に泣いて。


「なに、やってんだろ、私」

呼び止める声を振り切ってたどり着いたのは町外れの浜辺で。

浜辺に転がっていた流木に腰掛けて私は頭を抱えた。
あんなん、ただの八つ当たりだ。

自分の事情と、彼らの言い分をごっちゃまぜにしてしまった。

ここは、大海賊時代っていう危険な時代の世界で。私達は海賊。
危険なことをせずに航海をしようなんてことの方が間違ってるわけで。


「船長」

低い声がして、驚いて振り向けば、子供にしては大柄なユグが後ろに立っていた。
彼は無口でほとんど話しているのを聞いたことがないから余計に驚いた。

「ユグ、よくここがわかったね」

「おれ、鼻がきくんだ」

そう言って、ユグは足元に視線を落として小さく呟く。

「船長、おれたち、確かに子供だけどさ…覚悟、あるんだ」

ユグの言葉に私は息を飲む。

「生き抜く覚悟。だから、船長がぜんぶ頑張らなくてもいいんだ。俺たちだって戦える。一緒に、戦いたい」


「ユグ…」

「そう、ライドも言いたかったんだと思うから」

相変わらずぼそぼそと話すユグの言葉に私は胸がいっぱいになった。

「そう、だよね。ごめんね、カッコ悪いとこ見せて。覚悟がないのは私の方だった。…一回、船に帰ろう。みんなに話したいことがあるんだ」

きちんと、向き合わなければ、私達はきっと前に進めない。

話そう、私のことを。
そして、聞こう。みんなの言葉をしっかりと。




「船長!」

港の近くまで戻ってきた時、突然聞こえたアリトンの切羽詰まった声に私は眉をひそめた。

「アリトン?なんで、船から降りて…」

「船長、大変だ。船が、襲われた」

「え?」

汗をびっしょりかいて息を切らしたアリトンの言葉がひどく遠く聞こえた。

「船長たちが船降りたあと、ちょうど横に他の海賊船が来たんだ。そいつら、食料よこせっていうから俺たち戦って…ライドが船長呼んで来いって…!」

顔から血が引いて行くのを感じながら、私は船の方へ駆け出した。

船だって安全ではないんだ。そりゃそうだ。


ー覚悟、あるんだ。

ユグの言葉が頭に響く。

彼らだって覚悟があるんだ。
生き抜く覚悟が。

絶対に、誰も、死んでない!



「ライド!」

船の上に見えたのは、大柄な黒いひげを生やした凶暴そうな男と十人以上はいそうな手下の海賊達。
それを相手取るライドはどうやら本人が言っていたように本当に強かったようで、多勢に無勢といえども全く負けていなかった。

他のちびっこ達も、体の小ささを活かして敵を翻弄している。

「はは、本当に、私って過保護だったんだな…」


海賊の股の間をすり抜けて、ついでに股間を蹴り上げて沈没させたスミスくんの勇姿を見届けて息をついた時だった。

「ニィナ…!」

あの、ひときわ大きい男…おそらく敵の船長だろう。
そいつが、ニィナを捕まえて人質にしてしまった。

途端に動きが止まるみんなの姿。

行かなきゃ…!
あいつが油断してる今、私がニィナを助け出さないと!

そして、走りながら、私はさっき習得したばかりの狐の姿になって高く、跳んだ。

正直、この時のことはあまりよく覚えていない。
跳んだと思ったらあっという間に敵の船長の驚いた顔が目の前に来てて、隙だらけのその手からニィナの襟首を咥えて奪い返した。

わあっとあがる悲鳴と歓声。
次いで聞こえた発砲音に反応するより前に尻尾が動いて、あっという間に敵を海に沈めてしまっていた。

そこで、私はようやく我に帰って、咥えていたニィナを床に下ろす。

「ニィナ、大丈夫?」

聞けば、震えながらニィナはこくりと頷く。


「よかった…」

ほっと息をついて、私は海に落とした海賊達を見下ろす。

うん、彼らも生きちゃいるみたいで、慌てふためいて気を失った船長を抱えて自分たちの船へと帰って行っていた。

「あんた達!」

声を張り上げれば、びくっと体を揺らす彼ら。

「うちの子達に二度と手ェだすなよ。今度はこんなんじゃすまないからね」

人の姿に戻って睨みつけてやれば、顔を青くしながらいっせいに頷いて、あっという間に港から逃げて行ってしまった。

ふう。

ため息をついた私の後ろで、ライドが何かを思い出したようにああ!と声をあげる。

「なに!?どうしたの!?」

誰か怪我をしたのかと慌ててふりむけば、ライドが悔しそうに誰かの手配所を握りしめていた。

「あいつ、どっかで見たことあると思ったら、懸賞金500万ベリーの奴だったあ!」


捕まえて海軍に突き出しとけば賞金もらえたのに、と悔しがるライドに私は呆れてため息をつく。

「ライド、言っとくけど私達ももう海賊だからね」

どこの世界に海軍に賞金をもらう海賊が居るんだか。
なんだか可笑しくなって吹き出せば、ちびたちもつられたように笑い出して、その日はそのまま私達は甲板で一足遅れの海賊団結成記念宴を催したのだった。



「なんだったんだ、あいつは…。恐ろしい…間違いなくありゃ化け物だ」

薄暗い酒場の一角で500万の懸賞金がかけられている海賊ナジー達は震えていた。

「人が、狐になりやがった。しかも、あのでかさ…」

恐ろしさを酒でごまかすかのようにナジーは酒をぐいっと煽ってテーブルにジョッキを叩きつけた。

「この俺様をコケにしやがって…!ぜってェ殺してやる…!」

鼻息荒く息巻く船長をクルーたちは怯えた目で訴える。

「や、やめましょうよ、お頭…、ありゃ、普通の人間じゃあねえ…!」

「きっと悪魔の実の能力者だ…」

弱気な声がナジーの神経を余計に逆撫でする。

「情けなくねぇのか、てめぇら!あいつらほとんどガキばっかだったじゃねえか!好きなようにやられてよ!」

そのとき、彼らの背後から涼やかな声が聞こえて来た。

「ねえ、その話、詳しく教えてくれない?」


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