10日目
「ところでさ、私が船長になるって言ったって、私は船とか海のことはほとんど知らないよ?まぐろ漁船なら乗ったことあるけど。漁でもすんの?」
泣き出してしまった女の子はライドが抱き上げるとすぐに泣き止んだ。なんか、むかつく。
敗北感を感じながら聞けば、ライドはおかしそうに笑う。
「はは、ほんとユウナっておもしれェな。俺たちがやりたいのは漁じゃねェよ。海賊だ」
「ああ、海賊…。うん、そう…ねぇ、つっこんでもいい?」
突拍子もない話に、思わずつっこむタイミングを逃してしまった。
ユウナ、一生の不覚。
きっと渾身のネタにツッコまれなかったことにライドくんはさぞかしショックを受けているだろう。
そう、思いたかった。
「つっこむ?何にだ?海賊ってのは冗談じゃねえよ?」
「なんで!海賊!あんた達まだ子供!海賊は犯罪者!おかしいでしょ!?なんで私が悪党の親玉になんなきゃいけないのよ!めちゃくちゃ危ないじゃん!」
今度こそ、全力でつっこんでやった。その拍子に泣き止んでいた女の子がまた泣き出す。
「あーあ、ユウナが怖い声だすからニィナが泣いちゃったじゃんか」
「それって私が悪いのか」
膝をついて落ち込む私に、少し遠巻きに私たちを見ていた他のちびっこ達がおそるおそる近寄ってくる。
顔をあげれば、一斉に体が固まる子供たち。
私は『だるまさんが転んだ』の鬼か。
ますます落ち込む私の横に、ライドも腰を落としてさっきまでとは違う真剣な声で話し始めた。
「俺たちのほとんどは海賊の子供なんだよ。それだけで俺たちは普通には生きられねえ。まあ、こんな島に捨てられて普通も何もないんだけどさ。俺たちが生きるためには奪わなきゃなんねえ」
ライドの言葉に、私はぐっと詰まる。
「じゃあ、今まではどうやって暮らしてきたの?」
「この島は海軍の巡航さえないような辺鄙なところだから、この前みたいに賞金首の海賊たちがよくやってくるんだ。俺たちはそいつらを捕まえて懸賞金をもらう『賞金稼ぎ』みたいなことやってたんだよ」
な、なんと。
私より幼いくせしてなんてバイオレンスな連中なんだ。
あれ、私ここにいて大丈夫か?
冷や汗をかく私には気づかずにライドは続ける。
「でも、俺たちはいつまでもこんなところにいるつもりはねえから、船長さえ決まればすぐにでも出航するつもりだ。そんで、大海賊になって、手配書に載るんだ。そしたら…」
ライドが腕に抱いた女の子…ニィナを見る。
「こいつらの親が、もしかしたら自分の子供に気づいて会いに来てくれるかもしんねェだろ?俺ぐらいの年になると親とかはもうどうでもいいんだけど、チビ達はまだ時々親が恋しくて泣くんだよなぁ」
「…」
私は。
私は、とんでもない世界に来てしまったみたいだ。
海賊なんて、私なんかができるわけないじゃん。
捕まるかもしれないし、怪我をしたり死んだりするかもしれない。
今でさえ。撃たれた脇腹の傷がじくじくと痛んで私に危険信号を送ってるっていうのに。
そもそも、私は警察になると決めてて、それだけを考えて生きてきたっていうのに。
それでも。
「うわ!なんで泣いてんだよ、ユウナ!」
「うっさい!泣いてない!」
「いや、だって、お前…」
「泣いてないって言ってんでしょ!」
目と鼻から出る汗をライドの服できれいさっぱり拭って(ついでに鼻も思いっきりかんでやった)ライドをまっすぐ見る。
「…ちょっと、考える時間くれない?…私にもいろいろあってさ。考えを整理する時間が欲しい」
真剣に言えば、ライドも何かを察してくれたのか、汚くなった自分の服を顔をしかめて摘まみながら黙って頷いてくれた。
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