9日目
聞き間違いだろうか。なんか今こいつ、船長って言わなかった?
「ああ、お前さ、ユウナっていうの?俺たちの船長やってくんねぇか?」
「うん。ちょっと待て。なに、なんのこと?意味が分からないけど、なんか誰かと勘違いしてない?私とあんたはついこの前の修羅場で会ったばかりだよ?」
船長、ってあの船の長と書いて船長だよね。
昔乗っけてもらったまぐろ漁の船長が私の親戚の叔父さんの友達のお兄さんだったけど、私自身は船長なんてものやったことないぞ。
「勘違いなんかじゃねェよ。俺、ずっと探してたんだ」
ライドと名乗った少年が嬉しそうに笑う。
「え、探してたって、私を?」
「いや、俺たちの船長になれるような器を持った人間を探してたんだ。もう、あんたしかいない!なあ、頼むよ!やってくんねェか?」
「やってくんねェか、って言われてそう簡単になりますと言えるか!ああ、もう!訳が分からない!そもそも俺たちって誰のこと?私はまだあんた一人しかここで見たことないけど!」
頭を掻き毟って言えば、ライドはああ、と頷く。
「あいつら、人見知りだから隠れちまってんだよ。ほら、そこの森の影にちっちゃい人影見えるだろ?」
崖から続く森を指し示されて目を向ければ、確かにちっちゃい人影がいくつか見える。
目があった瞬間、思いっきり隠れられたが。
「まさかと思うけどさ…あんたの仲間ってみんな子供?」
恐る恐る尋ねると、ライドは当たり前だと言わんばかりに頷く。
「ああ、ここは子捨て島だからな。孤児が多いんだよ」
「子捨て島?」
不穏げな響きに一瞬体が固まるが、はっとあることに気づいて私は慌ててライドに質問を被せる。
「っていうか、ここってどこなの?この前撃たれたショックか、寝込む前の記憶がちょっとあやふやで…」
ここが私の知ってる世界じゃないことはなんとなくわかっているが、それをそのままこいつに教えたって信じてくれるわけがないし、不審者扱いされて放り出されても情けない話、今の私ではどうしようもない。
だから、少し罪悪感を感じながら嘘をつけば、ライドは素直に教えてくれる。
「ああ、そうか。えーっとな、ここは東の海の小さな島で、多分名前はないな。ワケありの…海賊の子供や事情があって育てられない子供が捨てられる島だから、みんな子捨て島って呼んでる。見たところ、あんた荷物もなにもないし、多分あんたも捨てられたんだろ」
「え」
「いいよ、隠さなくても。俺たちもほとんどが捨て子だしな」
「捨て…あんたも?」
「いや、俺は奴隷だった」
「どれ…」
捨て子に奴隷という言葉が簡単に目の前のまだまだ子供のこいつの口から飛び出してくるのに耳を疑う。
「まあ、珍しいことじゃねぇだろ?捨てられたガキは一人じゃ生きていけねえから、みんなで身を寄せ合って生きてんだ。俺たちはみんな血は繋がってないけど家族だ。だから、あんたも船長として俺たちの家族になればいい」
にかっと笑って言われたことに、私はただ呆気にとられるしかなかった。
捨てられた子供は一人じゃ生きていけない。
そんな状況にこの子達がいるのが、さっきまで平和そのものだった世界にいた私には信じられなかった。
しかし、今、私も…
こいつの言うことに納得するのはなんか癪だけど、捨て子と状況は全く同じだ。
海賊とかイーストブルーとか、奴隷、とか。予想はしていたが、現代では聞き馴染みのない単語からして、やっぱりここは違う世界っぽい。
だとしたら、生き抜くために必要なものは、情報と仲間だ。
残念なことに、こいつらと利害が一致してしまったみたいだ。
なんの船長かはわからないが、もしかしたら一緒に行動できるんならその方がいいのかもしれない。
小さく溜息をついた私の服の裾を何かがくいくいっと引っ張る。
「ん?」
振り返ると、私の服を引っ張っていた小さな女の子と目が合う。
その子は怯えたようにびくっと震えて泣き出しそうな顔をするから私は慌てる。
え、なに。私そんなに怖い顔してた?
昔っからユウナちゃんって目つき怖いね、と言われてはいたが、目があっただけで子供が泣くほど怖い目つきをしてた!?
内心かなりうろたえて、かなり迷った挙句、私はそっとその子の頭を撫でてみた。
これで泣かれたら、こう、私の女としての自信が崩れ去りそうだ。
恐る恐る様子を見ると、涙を目いっぱいにためたその子はじっと私を見て…
泣いた。
拝啓、お母さんへ
私は今とても遠いところにいます。
でも、元気です。
脇腹に穴があいてるけど。
どうやらこれから子守りをしなくちゃいけないみたいです。
ちっちゃい子供たちはかわいいです。
私の目を見ると全員泣き出すけど。
頑張って帰るので、どうか心配しないでくださいね。
追伸
子供ってどうしたら懐いてくれますか。
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