じゅうきゅう
「野郎どもぉ!上陸だ!」
キッドの言葉に、クルー達が一斉に歓声を上げる。
「次の島までしばらくかかる。悔いのねェよう思いっきり楽しんできやがれ」
キッドの言葉に再び歓声が上がる。
その様子を呆気にとられながらアリアは見つめる。
この船に乗ってから初めての上陸。
右も左も分からないとはまさにこのこと。
補給係や船番などが指名されて、その他の船員達が船をどやどやと降りていく中、アリアはぽつんと船に取り残されていたのだった。
「…と、特にやりたいこともないし…、船に残っていようかな」
今まで一人だった分何故か、一人取り残されたことにわずかだけ心がちくんと痛んだったのだった。
自分の部屋に戻ったアリアは自分の服のポケットからカサリ、と紙を取り出す。
それは、前の島でキラーが書いたアリアへの手紙だった。
「字の練習、頑張ろう」
こっそり張り切ってアリアはキラーの流れるような綺麗な文字とにらめっこをし始めたのだった。
しかし、幾らもたたないうちに、アリアの部屋のドアがバン!と開けられる。
ビクッと肩を震わせたアリアの視線の先には疲れたように開いた扉にもたれかかったキラーの姿。
「キ、キラー…?」
恐る恐る声をかけてみると、キラーは、はぁっと深くため息をついた。
「…気付いたら、お前がいなかったから、また迷ったのかと…」
ずるずる、と床に座り込みながらキラーは再びため息をついた。
キッドについて船を降りたときにアリアの姿を確認していなかった自分が悪いのだが、これまでの付き合いからアリアは自分に着いてきてるもんだろうと勝手に思い込んでしまったのだ。
だから、アリアがいないことに気付いた時にはかなり焦った。
なにしろ、この島には、今自分たち以外に億越えの海賊が滞在しているという情報を上陸する前に受け取ったばかりだったのだから。
そんな島でアリアが迷っていたら、と焦りで固まってしまったキラーに、キッドが笑いながら探して来い、と言ったのだ。
気付いたのが早かったから、まだ船の周辺にいるはずだとそこら中を探しまわって、駄目もとでアリアの部屋に戻って、中に目を丸くさせたアリアがいるのを見たとき、キラーは全身の力が抜けるのを感じたのだった。
「キ、ラー…?大丈夫?ごめんね?」
近寄ってきて腰を屈めるアリアに大丈夫だ、と言ったが、アリアはその声が不機嫌そうに聞こえて、思わず首をすくめる。
「ほ、ほんと、に、ごめん、なさい…」
怯えるアリアに、そうではないのだ。ただ、力が抜けて声が上手く出ないだけなのだと伝えたかったが、その気力もなくて。
ああ、この仮面がなければ。
笑って見せてやれば、きっとアリアは安心するだろうに。
今まで不便とも思ってなかったこの仮面を初めて少し恨んだ。
言葉を出すのが、億劫で、キラーはアリアの背中に手をまわしてぐいっと腰を引っ張る。
そうすれば、屈んでいたアリアの体はいとも容易くキラーの腕の中に収まった。
「キ、キラー!!」
慌てたようにわたわたと動くアリアの頭を撫でて、キラーは見えない仮面の中で微笑む。
「大丈夫だ。怒っていない。…無事で、良かった」
その言葉に、抜け出そうともがいていたアリアもぴたりと動きをとめてキラーの顔をじっと見つめる。
そして、アリアは自分の額をキラーの仮面にこつんとぶつける。
ひんやりとした冷たい感触だろうという予測とは裏腹に少し暖かいそれにアリアは微笑む。
中で、きっとキラーは汗をかいてるのだろう。
仮面に熱がこもるくらい慌てて探してくれたのだ。
そして、そのことについて怒っていないのは、キラーのたくましい両腕が優しくアリアを包んでくれていることで分かった。
ならば、自分が言うべき言葉は一つ。
「キラー、ありがとう」
「頭ァ、また覗き見ですかい?」
「静かにしろよ、てめェ。いいとこなんだよ」
「なんだかんだ、キッドの頭も二人の仲を心配してるんですねぇ」
「違ェよ、バカ。店の女相手にするよりこっちの方が面白ェだろうが」
「お頭。人の恋路を邪魔すると馬に蹴られて死んじまうんですぜ」
「面白ェ。返り討ちにしてやるよ」
(駄目だ)
(何言っても無駄だなぁ)
(でも、なんだかんだ…)
(実際、俺達も二人の様子を見るのはやめられない)
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