じゅうはち


ゆらゆらと揺れる船の上にいるのは何だか変な気分だった。

今まで陸で生活したことや、海を泳いできたことはあったが、よく考えると船に乗るのはアリアにとってこれが初めてなのだ。

船にあたって砕ける水飛沫が船縁に佇むアリアの足元を濡らしていく。

その様をぼんやりと眺めていたアリアは、ふと影が差したのに気づいて顔をあげた。

「キラー」

影は後ろから近づいてきたキラーのもので、アリアは思わず顔を綻ばせる。

くるりと振り返ってキラーのもとへ駆け寄るアリアの頭にキラーはぽん、と手を乗せる。

「足が濡れると、戻ってしまうんじゃないか?」

キラーが心配しているのは水に濡れて足がヒレに戻ってしまうことを言っているのだと理解したアリアは首を横に振る。

「これくらいなら大丈夫だよ。浸かったら戻っちゃうけど」

そう言うと、キラーは少し柔らかな声でそうか、とだけ答えた。

アリアが人魚であることはこの船で知っている者はキラーとキッドだけだ。

アリアの身の上はあまり人に知られぬ方が良いが、キッドには全てを話した方が良いとキラーに言われたためにキッドだけには事情は全て話してある。

キッドに全てを話したのは、島を出る前の日だった。

全てを聞いたキッドは面白い、と笑っただけで、何故かアリアはほっとした気持ちになったのだった。


そんなことを思い出していたアリアは、キラーが甲板に座り込んだのを見て首をかしげる。

何をするのだろうと自分もキラーの横に座って見ていると、キラーは自分の刀を取り出して手入れを始めた。

それならば、とアリアも自分の銃を取り出す。

特に話すこともなく二人は黙々と武器の手入れをしていたが、心地の良い空気が辺りを包んでいたのだった。







「アリア、起きろ」

肩を揺すられて、アリアははっと意識を取り戻す。

どうやら午後の暖かな日差しに誘われていつの間にか眠り込んでしまっていたようだった。

今はもうすっかり日が傾いてしまっている。

そのことに気づいて慌てて目を開けるが、思ったよりも近くにキラーの顔があってアリアはピシッと固まってしまう。

「あ、れ、私…」

寝起きのぼんやりとした頭で状況を整理しようとするが、これはどう考えても自分がキラーに寄り掛かっているとしか考えられなくてとっさに飛び退く。

しかしあまりに勢いよく飛び退ったから、足が絡まって後ろへ倒れてしまった。

「わっ…!」

慌てて受け身を取ろうとしたが、思いの他柔らかい感触に受け止められてアリアは目を丸くする。

「全く、危なっかしいな」

笑いを含んだ柔らかな声が上から降ってくる。

受け止めてくれたのはキラーの両腕で、そのままキラーはアリアを下におろして頭をくしゃりと撫でる。

「気をつけろ」

言葉自体はそっけないが、暖かなその声色にアリアは顔が熱くなるのを感じて思わず顔を伏せたのだった。








「ったく。あいつらこんな人前でよくやるぜ」

言葉と裏腹に楽しそうな笑みを浮かべるキッドにドレッドが苦笑する。

「いや、まぁ、キラーさんがあんなに楽しそうなところはなかなか見られないし良いことじゃないですか」

その言葉にキッドはにやりと顔を歪める。

「まぁ、な。あいつも人間だったってことが分かっただけでも儲けもんだ」

「キッドの頭…。それはあんまりじゃ…」

キッドの言葉に扉の陰から二人を見守る船員達は、いつもキッドの尻拭いに奔走するキラーの姿を思い浮かべてため息を漏らしたのだった。




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