じゅうなな


あぁ、なんてことだ。またやってしまった。

完全にキッドさんとはぐれてしまったじゃないか…。

アリアはあまりのことに眩暈を覚えながら、その原因となった目の前の男達を見る。

今回ばかりは、自分のせいではない、と言い切れる。


…多分。




キッドの後ろ姿をきちんと見ながら歩いていた自分を横道からさらって訳も分からないままあっという間に連れてこられたのは見覚えなんて全くないどこかの路地裏。

ここからキッドのもとまで戻るなんて器用なことができたら苦労はない。

ちなみにさらってきたのはもう毎度お馴染みのあの海賊達だった。

今日は簡単にやられはしない。

何しろ、きちんと拳銃を装備しているのだから。

男達に分からないようにそっと腕を拳銃に伸ばして、その感触を確かめたとき



「「嬢ちゃん!すまなかった!」」



ガバッとその場にいた男達全員が大声で謝りながら土下座をしたのだ。

「え?」

何が何だか分からず、呆然としてその様子を見てると、男達のリーダーらしき男が話し始める。

「まさか、嬢ちゃんがあの“キャプテン”キッドのクルーだったとは知らず…頼むから俺達のことを許してくれねェか!?」

男の言葉にアリアはただ首をかしげる。

その行動に何を勘違いしたのか男は涙目で訴えてくる。

「“キャプテン”キッドって言ったら、気に入らねぇ奴や、喧嘩売られた奴らを今まで皆殺しにしてきたって噂だ!それに、キッドだけでも億越えの賞金首だってのに同じく億越えの、あの“殺戮武人”のキラーまでいるんだ!あいつらに目をつけられちゃあ、俺らはもうおしまいだ!」

「殺戮…武人?」

頼む!と地面に頭を擦りつけながら謝る男達に戸惑いながらも、アリアは口にする。

キラーの通り名だろうか。
やけに物騒な名だ。

そんなことを考えているうちにも、男達はさらにアリアに詰め寄って謝ってくる。

そのあまりの剣幕にアリアはたじたじになりながらも言葉を発する。

「だ、大…丈夫…だよ。キッドさんは別にあなた達のこと…知らないみたいだし…。キラーも特に皆殺しだなんてことは…しないと思うし」

「ほんとか!?俺らのこと、言いつけたりしねェか!?」

必死の剣幕の男達にアリアはただ頷く。

そうすれば一様に良かったぁっと安心して倒れこむ男達。

なんだかよく分からないが、とりあえずもう自分に用はないだろう。

そう思って声をかける。

「あの…もう行っても…?」

そう言うと、男達は疲れたような笑みを浮かべて頷いてくる。

「あぁ、すまなかったな嬢ちゃん」

「俺らのことは言わないでくれよ」

「頼んだぜ、嬢ちゃん」

口々に言われながら、アリアは路地裏を後にしたのだった。




男達と無駄な争いはしなくてすんだし、こっちもたいした被害がなくて良かった、と息をつきながら路地裏を出て、ピタッと足がとまる。

「そうだ…。ここ、どこだっけ?」


そんなこと、分かるわけがない。

途方に暮れて動けないでいると、キッドの怒った顔が浮かんでくる。
恐らく…いや、絶対。
突然いなくなった自分をキッドは怒るだろうな。

そう思うと、怖くて想像しただけで足が震えてくる。

そのとき



「アリア?」

聞き覚えのある声に、まさかと思いながらもアリアはばっと声の方に振り向く。

「キラー!」

ゆっくりとした歩みにあわせて揺らめく金色にアリアは思わず走りよって飛びついた。

驚いたようにキラーが身じろいだが、今のアリアにはどうでもよかった。

「良かった…!キラー!」

キラーにどうにかキッドの怒りを納めてもらえば怒られなくてすむ。

本当にキラーと会えてよかった…!

思わず涙ぐむ自分の様子に何かあったのだろうと、キラーは優しく背中をさすってくれる。

その暖かさに改めて安堵しながら、ふとアリアは気になっていたことを呟く。

「キラーって“殺戮武人”って呼ばれてるの?」

ピタッとキラーの手がとまる。

首を傾げてキラーを見上げると、なんだか戸惑ったような不安がっているような雰囲気を感じてさらに首をかしげる。

「…キラー?」

「どこで…聞いた?」

さっき会った海賊に、と言おうとしてはっと口をつぐむ。
そう言えば、自分達のことは言わないでくれと言われたばかりだったのだ。

なんて言おうかと迷っているうちにキラーがため息をつく。

「いや、いい。いつかは知ることだっただろうからな。…確かに、手配書では俺は“殺戮武人”と言われている」

キラーの背中にまわされていた手をやんわりと外してキラーはアリアを見下ろす。

「キッドの邪魔になる奴は大勢殺してきた。…怖いか?」

ぽつりと呟かれた言葉。

首をかしげようとして、アリアはキラーの雰囲気にはたと気付く。

自嘲しているような…それでいて拒絶されるのを恐れているようなキラーの雰囲気に口を閉じて、アリアは再びキラーに抱きつく。

「キラーはキラーだよ」

ぎゅっと力を込めてそう言えば、キラーは一瞬呆けたように黙り込んだあと、そうか、と言ってぽんぽんと優しく背中を叩いてくれた。

優しい時間だけが、二人の間をゆっくりと流れていったのだった。



「キラー、それ…」

しばらく時間が経って、アリアが顔をあげると、キラーの胸元にきらりと光るペンダントらしきものを見て声をあげる。

「ああ。これか。前、アリアがくれた海王類の涙を首から下げられるように細工してもらったんだ」

キラーはそう言うと、ポケットから何かをだしてアリアの髪を少し束ねてとめる。

「…?なに?キラー」

不思議そうに髪に手をやったアリアにキラーは少しためらいながら言う。

「髪留めだ。もらいっぱなしでは悪いと思ってな。気に入らなかったら捨てていい」

女は何をもらうと喜ぶのか分からなかった、と少し照れくさそうにアリアを見ないで言ったキラーに、アリアは驚いたように固まった後、満面の笑みを浮かべる。

「ありがとう、キラー。大切にする」

ふふっと嬉しそうに笑うアリアをキラーはただ見つめていた。

キラーの顔に、はにかんだような笑みが浮かんでいたことは、仮面のせいで誰も知ることはなかった。


「ところで、アリアはどうしてここに?」

言われて、一気にアリアは青ざめる。

「あ、そうだ…!キッドとはぐれちゃって…!」

どうしよう、怒られる…!とわたわたしているアリアの横でキラーは、あんなにアリアをきちんと見ていろと言ったのに…。キッドには説教をしてやらなくては、と拳を固く握っていたのだった。



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