じゅうご
「はぐれないようにな」
宿を出る前にキラーにそう言われた。
アリアももちろん十分に気をつけてキラーの後を追いかけて街に出たはずだったが…
アリアは薄暗い路地裏で一人ため息をついた。
どっちが悪いかと問われればそれは間違いなく自分だと断言できる。
自分でも自覚しているが、アリアは基本的に不器用なのだ。
字だって上手には書けないし、家事もできない。おまけに物凄い方向音痴なのだ。
唯一人並み以上にできることは戦闘ぐらい。
今回もキラーの後ろについて大通りを歩いていたはずなのにいつのまにか細い路地裏に迷い込んでいて、自分でもどうしてこんなところにいるのかさっぱりわからない。
悶々と悩みながら、アリアは闇雲に路地裏を歩き回ってみたが、とうとう行き止まりに突き当たってしまった。
キラー、私のこと探してくれてるんだろうな…
そう考えると、もう何だか申し訳なくてアリアは頭を抱えてその場にしゃがみ込んでしまった。
「お嬢さん、どうしたんだい?迷子かなぁ?」
突然聞こえた嫌味ったらしい声にばっと顔を上げると、そこに居たのは昨日アリアが倒した海賊たちで、昨日よりも明らかに人数を増やしてアリアの前に立ちふさがっていた。
「昨日はお世話になったからお礼をしようと探してたんだぜェ?」
にやにやと笑いながら男達が間合いを詰めてくる。
「いえ。そんなに大したことしてないのでお礼なんていいですよ」
人の多さに思わずビビりながらもアリアは正直に思ったことを口に出したが、それがどうやら男は気に入らなかったらしい。
「てめえ、状況を見てモノを言いやがれ!昨日は少し油断してただけだったが今日はそうはいかねぇぜ!!」
青筋を立てて怒鳴る男の迫力に押されて思わず後ずさったアリアの背中が、トンっと壁に当たる。
後ろは行き止まり。
前には殺気だった海賊たち。
アリアの選べる選択肢なんて一つしかなかった。
やるしかない。銃さえあればそこらへんの海賊たちが何人束になってかかってこようとも負けない自信はあった。
すっと手を腰のベルトに伸ばして銃を掴もうとしたアリアだったが、そこでようやく思い出した。
「あっ…銃、宿屋に置いてきちゃった…」
キラーが一緒にいるのだし、街中であまり物騒な物をぶら下げて買い物するわけにもいかないかな、と思って銃を置いてきたあの時の自分を後悔したが、今はどうしようもない。
少し人数は多いが、素手でやるしかないみたいだ。
覚悟を決めたアリアはタンっと軽く地面を蹴って男達に向かっていったのだった。
「さすがに…ちょっとキツイかも…」
男達のうち半数は倒したけれども、思ったより相手も手強かった。
流石に偉大なる航路にいる海賊なだけはあるんだな、とアリアはどこか他人事のように感心していたが、相手の攻撃にハッと意識を集中させる。
飛んでくる銃弾を避け、向かってくる刃をかわし、隙をついては体技で応戦していたアリアだが、流石に溜まってきた疲れが体の動きを鈍らせる。
だんだんと形勢が悪くなってきたアリアはついに、再び壁際に追い詰められてしまった。
「へっへっ。だいぶ威勢が良かったみたいだが、どうやら限界のようだな」
にやりと笑った男が刀を振りかぶる。
避けようと横に跳び退った先にも刃が。
避けられない…
とっさに両腕で頭を庇ったアリアの耳に響いたのは、ブシュッと血が飛び散る音と男たちの悲鳴。
次に聞こえたのは、アリアが思ってもいなかった暖かい声。
「大丈夫か?」
…ああ。また、助けられた。
アリアは頭を庇っていた腕を下ろしてキラーに視線を向ける。
怪我はないか?と首を傾げて聞いてくるキラーにこくりと頷くと、キラーはそうか、と頷いた。
「よく頑張ったな」
キラーの言葉に不覚にも泣いてしまいそうになってしまった涙腺を必死に押しとどめ、アリアはキラーの服をぎゅっと掴む。
「…はぐれちゃってごめんなさい…」
俯いて謝ると、キラーは気にするな、と優しく頭を撫でてくれた。
「買い物がまだ何も済んでないな。行くか」
気にするな、と言ったのにまだ顔を伏せたままのアリアの背中をぽんっと叩いて促すと、アリアはようやく顔を上げてくれた。
「本当に、ごめんなさい」
まだ謝ってくるアリアに思わず苦笑してしまう。
アリアは知らないだろうが、アリアのかけた面倒などキッドに比べたら全く可愛いものだ。
だから、もう謝らなくていい、と口に出そうとしたとき。
「…それから、ありがとう。キラー」
思いがけない言葉と不意打ちなアリアの笑顔にキラーは思わず止まってしまった。
「…キラー?」
不安気にキラーを見上げるアリアは気付いているのだろうか。
キラーの首筋がほんのりと赤く染まっていることに。
突然、動きが止まってしまったキラーだったが、すぐになんでもない、と言って歩き始める。
今度こそはぐれないようにしなきゃ。
意気込んで急いでキラーを追い掛けたアリアだったが、キラーに突然腕をぐいっとひかれて目を丸くしてキラーを見上げる。
「横に並んで歩けばはぐれないだろう?」
思っていなかった嬉しい言葉にアリアは胸が弾むのを抑えることができなかった。
少し距離は開いているが、並んで歩く二人の姿を少し傾きかけた陽の光が暖かく照らしていたのだった。
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