じゅうに



宿屋の前でアリアは一人でキラーを待っていた。

キラーは宿をとってくると言って宿屋の主人と話をしに行ったのだ。
しかし、何かトラブルでも起きたのか一向に姿を見せないキラーに不安を感じて、アリアは宿の中に入ってみることにした。


そーっとのぞいてみると、すぐに目に入る暖かな金色。

それを見てなんだかすごくほっとしたアリアは、タタッとキラーの傍まで走って寄って行った。
まだ話をしているらしいキラーの横に並ぶと、気づいたキラーがこっちを向いた。

心なしか、困ったように見えるキラーの雰囲気にアリアが首を傾けると、キラーが口を開く。


「この宿屋にはもう空いている部屋は無いらしい。すまないが、俺と同じ部屋でも良いか?」

嫌だったら他の宿屋を探すが…と言ったキラーの顔を見たままアリアはピシッと固まっていた。

動かないアリアを見て、キラーは、やはり他の宿屋を探すか、と歩き出そうとしたが、アリアは慌ててその服を掴んで引き留める。


「だ、大丈夫!おんなじ部屋で全然かまわないよ!」

本当のことを言うと、キラーと同じ部屋だなんて考えただけで心臓が持たないような気がしたが、わざわざ今からほかの宿屋を探すのは手間だし、キラーと離れてしまうのは何か嫌だったので、とっさにそう言ってキラーを引きとめたのだ。

そう言うと、キラーは本当にいいのか?と心配そうに聞いてきたので、アリアはただコクコクと頷いたのだった。







「ベッドは一つしかないからアリアが使うといい」

部屋に入って荷物を置くと、キラーがそう言ってきたのでアリアは慌ててキラーを見る。

「キラーはどうするの?」

「俺は床で構わない」

その言葉に、でも…とアリアは反論しようとしたが、キラーは慣れているから大丈夫だ、とアリアの言葉を遮った。
柔らかいが、有無を言わせないキラーの言葉に、アリアは何も言えずに黙ってしまった。


「今日は疲れただろう。風呂に入ってゆっくり休め」

黙ってしまったアリアにキラーはそう言い残して部屋を出ていこうとした。

キラーが行ってしまうのは心細い感じがして思わず、どこに行くの?と尋ねてしまってからアリアは言わなければ良かった、と後悔した。

まるで自分がキラーを束縛してるような言葉に聞こえただろうか…

恐る恐るキラーを見たが、キラーは特に不快感も示さずに答えてくれた。

「風呂に入っているときに男が部屋にいると不安だろう。外に行っている。鍵は閉めとこう」

そう言われてしまえば特に反対することもできなくて、アリアはキラーが出て行くのをただ見送ることしかできなかった。





キラーが行ってしまえば、アリアは何もすることがないので、とりあえずキラーの言うようにお風呂に入ることにした。
久しぶりの陸でそれなりに汚れていたが、水に浸かると足がひれに戻ってしまうから、シャワーで済ますことにした。

流れ落ちる水に海とは違った気持ちよさを感じて、アリアは久しぶりのお風呂を心ゆくまで楽むことができた。


アリアはシャワーを浴びながらはぁっと大きくため息をついた。

思い返せば、今日はいろんなことがあった。
今までもいろいろなことがあったが、まさかキッド海賊団の船に乗ることになるとは思わなかった。
正直、居候のような形で船に乗り込むことになってしまったし、自分が結構人見知りする性格だと自覚しているだけに、船長のキッドや他の船員達と上手く付き合っていけるかは不安だったが、しばらくはキラーと一緒に過ごせるのかと思うと自然と笑みがこぼれる。

どっちみち、今さら後戻りはできないのだ。この偉大なる航路に入るときに覚悟は決めた。
どんなことをしてでも自分は父の最後の願いを叶えるのだ。




すっかり物思いにふけってしまったので、かなり長い時間お風呂に入ってしまったが、上がってみるとまだキラーは戻っていないようだった。

しかし、ふと机の上を見るとまだ温かな夕飯が置かれていた。横に書き置きもあって、どうやら一度キラーは戻って来ていたみたいだった。
紙には、先に夕飯を食べていてくれ、と書いてあったが、アリアは内容よりも流れるようなキラーの筆跡に目を奪われていた。

「私よりも字、綺麗…」

自慢ではないが、正直アリアの書く文字はまるでミミズが紙の上をのたくりまわっているように見えるらしいのだ。
父にはよく、これは象形文字か?と馬鹿にされたものだ。

今までは一人で生活してきたから良いものの、これからは何かと文字を書く必要も出てくるかもしれない。
アリアは、キラーの字をお手本にして字を練習しよう、と密かに決意してその紙を小さく折りたたんでポケットにしまったのだった。




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