じゅういち
「出航までにまだ一週間ある。それまでに買うモンあったら揃えとけ」
キッドから乗船の許可を得たものの、これからどうすればいいのかとおろおろとキッドとキラーを交互に見つめるアリアに、キッドは呆れたように言った。
しかし、その言葉にアリアはふるふると首を振る。
なんか問題あんのか?とキッドが訝しげに見ると、アリアはおずおずと口を開く。
「私…お金がそんなになくて…」
小さな声で呟くと俯いてしまったアリアにキッドは大きくため息を吐くと、何も言わずにキラーに向かって膨らんだ巾着袋を懐から出して投げた。
「てめえが拾って来た猫だ。てめえで面倒みやがれ」
黙って巾着袋を受け取ったキラーは頷いてアリアを促して歩き始める。
まだよく話の展開が分からないアリアはとりあえずキッドにお辞儀をすると、慌ててパタパタとキラーの後を追ったのだった。
「キッドの頭。いくらキラーさんが連れてきたとはいえ、あんな小娘を本当に船に乗せるんですかい?」
「この先の厳しい航海に足手まといになりますよ」
キラーとアリアの姿が見えなくなると、周りにいた船員達が口々にキッドに疑問を投げかける。
しかし、キッドはにやりと笑って鼻を鳴らす。
「気付かなかったのか?あの小娘、あんな態度を装いながらも一切の隙を見せなかった。なかなかできるな」
キッドの言葉に不満を漏らしていた船員達はぐっと詰まって口を閉ざした。そんな船員達を横目に見ながらキッドはグイッと酒をあおった。
「あの小娘、何かありやがる。面白ェじゃねェか」
口を袖で拭ったキッドの目には凶暴そうな光が宿っていた。
「荷物とかはないのか?」
キラーが追い付いてきたアリアに尋ねると、アリアははっと思い出したように足を止めた。
「あの、私…荷物海岸に置いてきちゃってて…」
そう言うと、キラーはそうか、と頷くと足を海岸へ向ける。
夕暮れ時の人通りの多い通りでは人々が皆足早に歩いているので、すたすたと歩くキラーとの間を多くの人々が遮ってしまい、アリアはキラーを見失いそうになってしまって思わず慌ててキラーに手を伸ばした。
ギュッ
思わず掴んだのはキラーの服の裾で、それに気づいたキラーが少しこっちを振り向いたが、何も言われなかったのでアリアはそれを握ったまま歩くことにした。
キラーは黙ったままだったが、アリアがはぐれそうになって服を掴んだことを分かってくれたのか、アリアが歩きやすいようにゆっくりと歩いてくれた。
そんな些細な気遣いにもアリアは嬉しくなってギュウッとキラーの服を握りしめたのだった。
二人黙ったまま海岸に着くと、アリアはぱっとキラーの服の裾を離してキッド海賊船の泊まっている近くの岩場に駆け寄ると隠してあった荷物の入っている袋を取り出した。
「それだけなのか?」
ゆっくりと歩み寄ってきたキラーが首をかしげて問うと、アリアはこくりと頷いた。
「着替えと…お金と武器しか入ってないから」
言いながらアリアは袋から拳銃を二丁取り出すと腰のホルスターに入れる。
拳銃は父から譲ってもらったもので、特別なコーティングがしてあるらしく、水中を移動しても濡れることがない。
それを見たキラーは少し驚いたように声をあげる。
「二丁拳銃…か。すごいな」
銃を二丁使うのはかなり難しい。二つ以上の目標を同時に狙うのはかなりの技術が必要になるし、反動も強いからそれなりの腕力が必要だ。それをこんな少女が扱うのかと思うと驚くのも当然だ。
アリアは少し照れたように俯く。
「お父さんに習ったの。物心ついた頃から訓練してたから…」
そう言うと、キラーは納得したように頷く。
「そういえば、アリアの父は海軍将校だったか」
「そう。お父さん、強かったから…」
少し誇らしそうに笑ったアリアにそうだろうな、とキラーは柔らかく頷いたので、一層アリアは嬉しそうに頬を緩めたのだった。
「今日はもう遅い。明日買い物するか」
海岸で荷物を回収して再び大通りを歩きながら、キラーが呟く。
しかし、アリアはぶんぶんと首を振った。
「大丈夫!私そんなに必要な物ないし…それにさっきも言ったけどお金もないから…」
すると、キラーはピタッと足を止めてまっすぐアリアを見つめた。
「さっき荷物を見たが、お前は着替えを一着しか持っていないだろう?これからは集団生活になる。物欲がないのは仕方がないが最低限自分の身だしなみは整えるのがマナーだ」
真剣に諭してくれるキラーの言葉にアリアははっと気づいたように目を見開くと、気まずそうに俯いてごめんなさい、と呟いた。
そんなアリアの頭にポンッとキラーは手を置いて首を振る。
「謝らなくていい。今までとは違う生活にになるのだから分からないことがあって当然だ。…それから金のことは心配ない。キッドが渡してくれたからな」
キラーがそう言うとアリアは再び慌てたように顔をあげて口を開こうとするが、先にキラーがアリアの言葉を遮るように言う。
「お前はもう俺達の仲間だ。それを申し訳なく思う必要はない」
分かったな?とアリアを見つめれば、アリアは少し戸惑っていたようだが、こくりと素直に頷いた。
それに満足したキラーは再び大通りを歩き始めたのだった。
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