じゅう


「ここだ」

二人が来たのは、昼間キッド達が居た酒場。


ギィッと音を立てる扉を開けて入るキラーの後ろに隠れてアリアも酒場に入る。

初めて嗅ぐ酒臭さにアリアは思わず顔をしかめた。


大丈夫か、と振り返ってくれるキラーには首を縦に振って答えたアリアだが、既に気持ち悪くなっていた。



ぴたっとキラーの歩みが止まり、キラーが口を開く。

「キッド」


すると、キラーの背中に隠れて見えないが、前方から声が返ってくる。


「遅かったなキラー」

「すまない。いろいろあってな」


キラーが言うと、キッドは笑った。


「深くは聞かねェが、お前にしちゃ珍しいな。いろいろとは」


クックッと笑うキッドだったが、キラーが、そのことで頼みがあるんだが、と口にすると笑うのをやめて眉をひそめる。


「本気で珍しいな。てめえが頼み事とは。叶えてやるかどうかは俺の気分次第だが言ってみな」


キッドとキラーのいつになく真剣な会話に、周りに居た船員達も注目しはじめたが、まだ誰もキラーの後ろで小さくなっているアリアに気付かない。


「船に乗せてやってほしい奴がいる」

キラーが言うと、キッドは面白そうに鼻をならした。

「てめえが乗せたがるほどの奴か。どいつだ」


キラーは後ろを振り返ってアリアを促す。

アリアは俯きながらおずおずと足を前に進めて姿を見せると、キッドは驚いたように目を見開いた。会話を聞いていた船員達もざわめく。


そんな中、アリアはそーっと目線を上げて、キッドと呼ばれた人の顔を見る。


……うわぁ


「悪魔みたい…」



思わずこぼれ落ちた言葉が静寂の中に転がる。



一瞬呆気に取られていたキッドだったが、すぐに眉間のシワを深くして、ぁあ?と凄む。

アリアは自分の失言に気付いて慌てて手で口を覆って弁解する。

「わっ、あの、すいません…私、人がいないところに住んでたんであまり人と喋ったことなくて…つい本音を…」

さっきもそれで海賊と喧嘩になって…と小さくなっていくアリアの言葉を聞いてキラーは納得した。


一体どうして海賊なんかと喧嘩になったのか。恐らく今みたいに悪気が無い一言で海賊達を怒らせてしまったのだろう。


わたわたと慌てるアリアは最終的に涙目でキラーを見上げてきたので、キラーはため息をついてキッドを宥める。


「キッド。それくらいで怒るな」


まだ眉間にシワを寄せているキッドはキラーを見た。

「本当にこいつか?お前が船に乗せたいのは」


怒っているというよりは疑問でいっぱいの顔でキッドはキラーに問うが、キラーはああ、とあっさり頷く。


「マリンフォードの近くまでで良いんだが」

「マリンフォード?こいつは海兵の子供かなんかか?」

少し警戒するように聞くが、キラーはいや、と首を振る。

じゃあ、どういうことだ、と睨むキッドにキラーは後で話す、と言った。

暗に人前では話せない、と言うキラーの言葉にキッドは片眉を上げた。


「ワケ有りか。…それにしたってそんなにこいつの肩を持つとはな。どういう心境なんだかなァ」

にやりと笑うキッドをキラーは軽く流す。

「変な勘繰りはよせ。それよりもどうなんだ」

まだにやにやと笑いながらキッドは反対に問う。

「いいのか?こんな野郎だらけの船に女乗せてどうなるか知らねェぜ?」

「俺が守る」


さらりというキラーをアリアが目を開いて見る。
守られなくちゃならないほど自分自身を弱いとは思っていなかったが、キラーの言葉は純粋に嬉しかった。

思わず顔を赤くするアリアとキラーとを交互に見たキッドはため息を着いて座っていたソファに背中を預けるようにして深く身を沈ませた。


「ったく。何が起こっても責任はもたねェ。足手まといになるようだったら切り捨てる」


そう言ったキッドをアリアは驚いて見つめる。乗船を認めてもらえたのだろうか。じっとキッドを見つめると、キッドは顔をしかめながら名前、と言った。

え?と聞き返すと、キッドはいらいらしたように少し声を大きくする。

「てめえの名だ。船に乗りてェんだろ?」

キッドの迫力に少しびびりながらも頷いて返す。

「アリア…です」


その名にキッドは一瞬眉をひそめたが、そうか、と言うともう興味が無いように酒を飲みはじめた。


これは認めてもらえたんだよな、とキラーを見ると、キラーは頷いてくれた。

アリアはほっとして体の力を抜くと、酒を飲んでいるキッドにありがとうございます、と礼を言った。

キッドはジョッキを置くと

「存分に働いてもらうからな」


と、にやっと笑って言った。




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