妖、もらう。
ふんふん、と私は機嫌よく歌を口ずさみながら森の小道を抜ける。
足取りも軽い私の手には一本の清酒。
先程、森の奥まで散歩してみれば、人の廃棄物で汚れた池を見つけて、気まぐれに清めてやったらそこに住んでいた河童からお礼としてもらったのだ。
河童のくれるものは大抵貴重な物が多いから、この酒もきっと美味であろう。
いつぞやの河童と違って礼儀のなった河童だった。
さて、どこで呑もうか。
そうだ。今夜は月見酒にしよう。
ちょうど今夜は満月なのだから。
「お。またお前はさぼってるのか」
通りを歩いていると、聞き覚えのある声が聞こえて塀を見上げる。
「ふん。貴様かブサにゃんこ。相変わらず暇そうよのう」
見下ろしてくるブサ猫に言えば、いつもはぎゃーっと突っかかってくるはずだが、今日はなかった。
代わりにふんふん、と鼻を鳴らして私の手の中にある酒をじーっと見つめる。
そして、何かに気づいたようにはっと飛び上がる。
「き、貴様!それは千年酒ではないか!?」
「む。千年酒?」
「それは、『磯月の森』でしか造られないまぼろしの妖酒!お前、どこでそれを!?」
「河童にもらった」
「な、なんだとう!?」
なるほど。これが千年酒か。
それほど遠くない昔に聞いたことがある。
やはり、河童は良い物を持っている。
ああ、これは今夜は楽しみだ。
しかし
「ええい!貴様、酒から手を離せ!これは私の酒だ!」
なんとこのブサ猫、あろうことか私の酒にしがみついたまま離れぬ。
ぶんぶん、と酒ごと振ってみるが信じられぬ力で張り付く。
「待て待て!落ち着け!そんなことしたら酒が漏れるだろうが!」
ブサ猫に慌てたように言われて、私はとりあえず酒を振るのはやめたが今度はブサ猫の手をはがしにかかる。
「ならば、貴様がさっさと離れればよいのだ!よもや私の酒を横取ろうなんて考えてはいまいな!?」
「いいではないか、少しくらい!私にもわけろ!」
「ふざけるな!私の酒は一滴たりともやらぬ!」
「な、なんと心の狭い奴だ!一人で酒呑んで楽しいか?酒と言ったら酒盛りだろう!この私が一緒に呑んでやると言うのだ!大人しく付き合わせろ!」
「偉そうに言うな!私は今夜は風情のある月見酒を楽しみたいのだ!下品なブサ猫などいたら台無しであろうが!」
何を!?と怒ったブサ猫が飛びかかって来るからこっちも応戦する。
しばらく引っ掻きあい、引っ張り合った後、ぜえぜえと肩で息をしながらブサ猫が提案してくる。
「はぁはぁ…。お前は月見酒をしたいのだろう?しかし、良い場所を知っているのか?」
「むぅ。今から探しに行こうとしてたところだ」
そう言うと、ブサ猫がにやりと笑う。
「私なら良い場所を知ってるぞ?」
「…む。どこだ?」
ブサ猫の怪しい笑いに警戒しながらも聞き返す。
「夏目の家の屋根の上だ。あそこからは綺麗な月が見える」
…。
ふむ。
夏目の家か。
「悪くないな」
そう言えば、ブサ猫はしてやったり!と舌舐めずりをする。
「夏目の家に招待してやるから、呑ませろ」
「…不本意だが、仕方がない」
なんて私は器が大きいんだ!
こんなブサ猫に妖酒を恵んでやるなんて。
まぁ、たまには独りじゃない月見酒もいいのかもしれんな。
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