妖、通う。


キーンコーンカーンコーン…


学び舎に鐘の音が響き渡る。

しばらくしてから、人の子達の話し声が賑やかに聞こえてくる。

この時間は、どうやら昼を取るための休憩時間らしいことを私は学んだ。

ぼつぼつと人の子が中庭に出てくるのを確認して、私もすっとその中に紛れ込む。

もちろん人の子の姿で、制服とやらを着た格好でだ。

そして、中庭の端の木の陰に座る。


しばらくそうしてまばらに中庭に訪れる人の子の様子をぼんやりと観察していたが、やがて一つの人影がこちらへ向かってくるのを見て私は口角をゆるりと上げる。



「やぁ、李葉。今日もここに居たのか」

「やぁ、夏目。貴様も相変わらず一人でふらふらとしているようだな」

ふんっと鼻で笑って返してやると、夏目は、ははっと笑う。

「飲み物を買いに来てるだけだ。ちょうどここが通り道だからな」

夏目の言葉に、そうか、と相槌を打って他愛もない会話を続ける。

この時間がこんなにも居心地良く感じるようになったのはいつからだったか。



人と積極的に関わるのは好きではなかったが、こんな日々も悪くない。

そう思えるのは、夏目だからだろうか。






「じゃあな、李葉」

何度か言葉を交わした後に夏目は去っていく。

こうして言葉を交わす時間はほんの一瞬だが、それは一日の楽しみでもあった。


少しすれば、また鐘が鳴り人の声はしなくなり、静かになる。


そして、私は学校を後にするのだ。







その日、学校を後にしたあと私は穏やかな昼下がりを昼寝して過ごすことに決めた。

河川敷にごろりと寝そべれば、暖かい陽の光に誘われて目を閉じたのだった。




―どしんっ


何か鈍い衝撃を受けて、私は重い瞼を開ける。

この私の眠りを妨げるなど、どこの命知らずか。

不機嫌に眉を寄せて、それを見れば


「む。貴様はブサ猫ではないか」

夏目の用心棒だとかいう、品のない顔をしたブサ猫が倒れていた。

「誰がブサ猫だ!あぁ!くそう!お前のせいで雀を逃がしてしまったではないか!」

ブサ猫は起き上がると、悔しそうに地団駄を踏む。

「お前がこんなところで寝転がっているからいかんのだ!謝れ!」

果てには、そう言ってぐわっと飛びかかって来るからたまったもんじゃない。


「何を言っているんだ貴様!この私に蹴躓いておきながらあまつさえ謝れだと!?見た目通り面の皮だけは厚いな」


飛び掛かってきたブサ猫の丸い尻尾を掴んで引き離す。


「な、何だとう!?お前だとて学生でありながらこんなところで寝てるとは何事だ!サボってる姿しか見たことがないぞ!少しは夏目を見習え!」

「ふざけるな!どうして私があんなせまっ苦しいところにおらねばならんのだ!しかも人がうじゃうじゃいるところになんぞに!」


私に学校に行けだと!?

全く、誰に言ってるんだこの猫は。

そう言えば、ブサ猫はうるさい声で喚くことを止めてまじまじと私の顔を見てくる。

「何だ。気色悪いな」

眉をしかめて言ってやるが、珍しいことにそれにも反応せずブサ猫は呟く。


「お前、レイコに似ているな」


「レイコ?」


聞き返せば、ブサ猫は頷いて丸くなる。


「夏目の祖母だ。レイコも妖を見ることができた。それ故、人には気味悪がられ、またレイコも人を嫌っていた。レイコもよく学校をさぼっていたものよ」


夏目の祖母…か。

たいして興味もなかったから、適当に相槌をうつ。


「まぁ、私から見ればお前やレイコの方が普通に思えるがな。見える者からすれば人の世なぞ窮屈だろうに。夏目は変に人との繋がりを大切にするからな」


いや、人とだけではないな。

そう言ってブサ猫は目を細める。


「ふぅん。夏目は大変だな」

私は再びごろりと横になって呟く。


「ああ。全くだ。弱いくせに面倒事には首を突っ込みたがる。そのくせ後悔しては悩むのだからよく分からん。…だが、そんな慌ただしい日々も悪くはないぞ」


柔らかい言葉が、それがブサ猫の本心なのだと語っていた。


「あぁ。そうなのかもな。夏目を見ているとそう思えるよ」


私も細く笑って同意してやる。




河川敷を吹き抜けた柔らかな風が黄色い花を優しく揺らしていた。



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