妖、行く。



僅か残った淡い光を見届けて私は夏目を見る。


「無事かい?夏目」

その言葉に、呆然としていた夏目が慌てて頷く。

「俺は…。それより、李葉は…?」

その言葉に私は苦い笑いを漏らす。

「今、私を維持していた力を全て使った。あと、僅かも残されていない」

その言葉に夏目が目を見開く。

「そんな…!李葉…!」

駆け寄って来る夏目の頭を柔らかく撫でて少し笑う



「ずっと、夏目に言いたかったことがあるんだ。…あぁ、夏目。私は妖なんだよ。ずっと騙していたんだよ」

私は自分の胸辺りの服をぎゅっとつかむ。

「夏目が、妖が好きではないと言ったから。言いたく、なかったんだ。妖の私はもう…君の友人ではないんだろうか」


答えなんて怖くて聞きたくなかった。

答えを聞く前に逝ってしまいたかった。

しかし、それを夏目は許してくれなかった。

夏目は目を見開いた後にふわりと笑う。

ああ、そんな顔をされたら期待してしまうよ。


「李葉。確かに俺は妖は好きにはなれないよ。でも、言葉を交わした。一緒に過ごした。俺にとってそれが人だろうと妖だろうと友人に変わりはないんだよ」



「李葉は俺の、友人だ」




私は静かに目を閉じた。

ああ、夏目。

そうか、私は友人を守って逝けるんだね。

まさか、こんな終わり方ができるなんて思っていなかった。



「李葉は…人を嫌いにはならなかったのか?李葉の山は人に奪われたんだろう?」



ふわりふわりと崩れて行く私の手を掴んで夏目が問う。


「夏目、私は幸せだったよ。山を守ってずっと生き続けるより、こうして友人を守って逝くことの出来るほうがずっと美しい」

「李葉…」

夏目の顔がゆがむ。

「泣かないでおくれ、夏目。君にそんな顔をさせたかったわけじゃないんだ。夏目と会えて私は、とても楽しかった」

そう。

一緒に酒盛りをして、花見をして、海に行って。

山に縛られていては見ることのできなかった世界を見れた。

とても幸せだった。


もっとたくさんの言葉でそれを伝えたかったのに、もう声を出すのもひどく億劫だった。

とても、眠い。

だけど、心は満ち足りていてほんわりと暖かかった。



「ああ、心残りがあるとすれば…」


的場。

君に会えなくなることが、とても辛いよ。

確かに、私はお前を…


「夏目、これを…」


もうほとんど形を成していない手で懐を探って二つの小さなものを取り出す。

未練があっては美しく消えられないから。

だから、君にこれを託すよ。


「これは…」

その二つをころりと夏目の掌に転がす。

「一つは覚えてるだろう?それは夏目に。もう片方は、坊…、的場に渡しておくれ」


それに想いを込めたから。

もう、未練なんてないよ。



先ほどとは違うとても柔らかな光が私を包んで弾ける。

その光が御月神の怨で枯れていた草木に命を取り戻させる。

八つ原が鮮やかな緑に光った。


ほらな、坊。

神の消え際はこんなにも、美しい…


私は笑った。




そして、ふつり、と世界が消えた。

















「李葉…」

生命を感じさせるように光った彼女の体は溶けるようにして消えた。


よく笑って、すぐに泣く、騒がしくて陽気な妖の友人。


知らず知らずのうちに涙が頬を流れた。


しかし、夏目はその涙をぐいっと拭う。


彼女が泣いて欲しくないと言っていたから。

だから、夏目は笑った。


「ありがとう。李葉」


さようなら、心優しい俺の友人。

夏目は手のひらの青い指輪と一つの種をぎゅっと握りしめた。





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