妖、光を放つ。
「やれ。お前は昔から人間に容赦がないな」
「李葉!」
手を伸ばした御月神から夏目を庇って、ずさっと地面をすべる。
私に抱えられて地面を転がった夏目が驚いたように私を見る。
「頑張ったね、夏目。後は私に任せておいで」
夏目の髪についた葉を取ってやってから、私は笑う。
「オヤァ?何ヲシテルンダイ?李葉」
御月神がかたりと首を傾げる。
「マタ、人間ナンゾヲ守ルノカイ?李葉ハイツモ私ヲ困ラセルネ」
にこり、と御月神が笑う。
「イツモ言ッテルダロウ?李葉ハ私ト共ニアレバ良イノダヨ。人間ナンゾ李葉ニハ似合ワナイ」
その言葉に私はふぅっと息をつく。
「御月神よ。確かに私とお前は二人で一つだよ。だけど、私はお前じゃない。私は人間が好きだ。優しいところも、誰かを愛するところも、愚かなところも。私もそうありたい」
「…?李葉、君ハ昔カラ変ナコトヲ言ウネ?人間の愚カナトコロガ好キ?自分モソウアリタイ?ソノ考エハ誰ニ植エツケラレタンダイ?ソコノ坊ヤカイ?…ソレトモ」
御月神の表情が歪なものへと変わる。
「昔、オ前ニツキマトッテイタ坊ヤカイ?」
その言葉を言った瞬間に、御月神の呪いが増した。
「アア、憎タラシイ子ダッタネ…。中々力ハアッタカラ喰ッテヤロウトシタノニ、オ前ガ邪魔スルカラ今モ生キテルンダロウネ…」
言葉を発するごとに再び御月神が黒い靄に覆われていって思わず私は顔をしかめる。
「オヤ…?李葉、オ前カラアノ子ノ匂イガスルヨ…?」
ざわり、と空気が揺れた。
「オ前、モシカシテ逢ッテイタノカイ?山ヲ失ッテカラドッカニ行ッテシマッタト思ッタラ、アノ子ヲ探シテイタノカイ?」
その言葉に私は否定も肯定もせずに笑う。
「御月神。なぜ、祟り神になったんだい?もっと残りの時間を楽しく過ごせば良かったじゃないか。私は悔いのないように世界を満喫したぞ。…お前は、どうだったんだい?呪って、祟って、満足したのかい?」
「…」
「違うだろう?満たされぬままずっと彷徨っていたんだろう?祟り神となり、生から拒絶される日々を送ってきたんだろう?」
その言葉にぎしりと御月神の顔がさらに歪んだ。
「…―ンダヨ…。寂シカッタンダヨォオ!!」
言葉とともに黒い靄が爆発した。
黒い腕がしゅるしゅると私の首に巻きついて御月神のもとへ引っ張られる。
「李葉!」
夏目の声が、聞こえた。
「私ニハオ前シカイナカッタ!デモ、オ前ハ違ッタ!!人間ト親シクシテ、山ガナクナレバ私ノ元カラ去ッテイッタ…!寂シカッタンダヨ…!」
「それで、山を奪った人間を、私を奪った人間を恨んで、憎んだんだね。…祟り神に、なってしまったんだね」
「ソウダ…!ソウダヨ…!オ前ガ、アノ坊主ト親シクナッテカラ、私ハズット苦シカッタ…!オ前ガ私ノ元カラ去ッタ時…コノママ消エルコトナンテ出来ナカッタンダヨ…!」
ぎりぎりと首を締める力が強まる。
そこから感情が流れ込んでくる。
寂しい、淋しい、悲しい。
暗い、濁った感情が濁流のように流れ込んでくる。
私は目を閉じた。
そのまなじりから一筋涙がすぅっと零れた。
「ごめんよ、御月神」
私は黒い靄へと変化しつつある御月神の僅かに残った背中へと手をまわしてぎゅうっと抱きしめる。
靄に手が飲み込まれ、熱く燃えるように感じた。
しかし、気にせずそのまま赤子をあやすようにゆっくり御月神の背を撫でる。
「覚えてるかい?私たちが共に過ごした何百年もの月日を。春には必ず花見といって、珍しい酒が手に入っては酒盛りをしただろう?夏には必死に雨乞いもしたねぇ。秋には、どんぐりの木を揺らして栗鼠に与えてやったこともあったね。冬は寒いから、双子山の丁度真ん中で狐たちとともに暖をとったねぇ。なぁ、覚えてるかい?御月神」
御月神は動かない。
黒い靄は私の体を包んでいく。
ああ、体が燃えるようだ。
「私は覚えてるよ。百年、二百年、あんたと一体どれだけ過ごしたんだろうねぇ。あんなにも暖かい思い出があるのに、どうしてあんたは忘れちまったんだい?」
もう、靄は私の体を全部覆っていて、御月神と私の姿に境界がなくなっていた。
「なんで、信じてくれなかったんだい?…なんて、私があんたを不安にさせてしまったんだけどね」
私は苦笑して、顔をあげて御月神の目を見る。
「お前は私じゃない。でも、お前が祟り神となった苦しみは一緒に感じることが出来るよ。…最後に、もう一度だけ、私を信じてくれないか?」
その言葉に、御月神が瞳を揺らす。
「私ハ…、私ハ一人じゃ…なイのカイ…?」
それに頷いて笑う。
「一人じゃないさ。言っただろう。私たちは二人で一つだと。消えた先もきっと一緒さ」
「ソウ…なのダロうか…」
「そうさ。だから、もう一度私を信じて、私を受け入れておくれ。私もすぐに行くからさ」
その言葉に、御月神の目からぽろりと涙が零れおちる。
「アア、ああ、李葉…、私は何ダかトテも気分が良いンだ…。もウ、恨むのハ疲レたヨ…」
その背中をもう一度撫でて私は光を発する。
「ゆっくり眠ろうじゃないか。もう、私たちは何も守らなくて良いんだから」
「そうだ、ね。も…いいん、だ…ね」
黒い靄が光があたったところからするりと溶けて消えていく。
ふわり、ふわり、と靄を吸収した光が光って夜空へと飛ぶ。
その様はまるで蛍が飛んでいるようで。
光のない夜空にとても映えて美しかった。
「待ってるよ、李葉」
最後に柔らかい笑みを残して、御月神は光になった。
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