妖、来る。



「いいかい、夏目。落ち着いて練習してきた通りにやるんだよ」

名取さんに言われて夏目は頷く。

「…大丈夫、です。でも、名取さんまでこんな危険な場所にこなくても…」

「何を馬鹿なことを。的場さんを連れてくることが出来なかった責任は私にあるんだから。私の出来る限りのことまではやらせてもらうよ」

そう笑った名取さんに笑い返し、夏目は気を引き締める。


夏目は今、最初に祟り神に出会った八つ原にいた。

新月の夜、喰いに来るという呪いが本当ならば、塔子さん達に迷惑をかけられない。

友達の家に泊まると嘘をついて出てきたのだ。

陽はゆっくりと沈んでいき、新月の夜の闇が広がる。


新月の夜の闇とは、こんなにも暗く禍々しいものだったか。

ざわり、ざわりと嫌な風が吹く度に獣達が怯えたように森から逃げ去る。


今日は先生もいない。

呪いにやられてまだ目覚めていないのだ。

生ぬるい風に吹かれて思わず身震いをした夏目が、ふぅっと息を吐いた時だった。



「オヤ。準備ガイイジャナイカ。隠レモセズニコンナトコロニイルトハネ」



べたりと肌に張り付くような不気味な声が八つ原に響いた。

それと同時に、ざわりと空気が揺れる。

森の奥から姿を現したのは、祟り神だった。


現れた祟り神はにやぁっと笑う。

「シカシ、残念ダ。セッカク隠レ鬼デモシテ、遊ンデヤロウカト思ッタノニ」


ゆらり、ゆらりとその姿を不気味に黒い靄に変えながら一歩、一歩歩んでくる。

その靄に触れた草花がしゅるりと枯れていく。


「サァ…、楽シイ晩餐ノ時間ダヨ!」


祟り神が腕を靄に変えてずるりと夏目に向かって、伸ばす。


―カキン…!


「ンン?」


しかし、祟り神の靄が夏目に届く直前で何かに弾かれる。


それを確かめるように靄がするすると夏目の周りを探る。


「ナルホド。小賢シイ真似ヲ。和魂ノ結界カ」


触れただけでばれてしまったことに冷や汗をかく夏目だったが、その肩を名取さんが支える。

「大丈夫だ。予定より早いが、この結界ともう一つ仕掛けてある術で朝まで乗り切れれば呪いは消える。後は的場さんに任せておけばいい」

その言葉に、こくりと頷いた夏目だが、その頬を冷や汗が伝った。


「アァ、小賢シイ、憎タラシイ…、人間ドモメ!」


ぶつぶつと呟きながら祟り神がまた一歩一歩近づいてくる。

「和魂ノ結界ナド私ガ直接真ッ二ツにシテヤル…」


もう夏目と祟り神の距離はたったの五メートルほど。


その一歩を祟り神が踏み出した時


「今だ!」

名取さんの声に押されて、夏目が持っていた巻物をしゅるりとほどく。

「陽の光に照らされ、根強く育った草木よ。汝等に渇きを与える陰の者に戒めを!」

そう夏目が唱えた瞬間


「ナニ…?」

祟り神の足元から幾重にも重なった植物の蔓がしゅるしゅると伸びていく。

やがてそれは祟り神を完全に飲み込んで、辺りは静かになった。












「よく、やった。夏目。ひとまず、あいつは封じられたようだ」

しばらく経っても変化が起きないことにほっとして名取さんが夏目の頭を撫でる。

「本当に、よく頑張った」

その言葉に、夏目も安心して少し笑う。

「名取さんが、丁寧に教えてくれましたから」




そう言った瞬間


―パリッ…


何かが割れるような音が小さく響いた後


―ゴゥッ…!


根の結界を吹き飛ばし、森の木を枯らし、黒い靄が天まで届くほどに爆発した。


「オノレ、小癪ナ…!陽ノ封印カ?少シ効イタゾ」

もはや、人の形ではなく、黒い靄の塊となった祟り神から地の底から聞こえるような声が響く。


「なっ…!」


驚く夏目を庇って、名取さんが前に出る。

「下がって夏目!もう、君の力じゃ無理だ!あいつを祓わないと…!」

「でも、名取さん、祟り神祓いは専門じゃないと出来ないって…!」

夏目の声に、名取さんは苦笑する。

「新月まで少し勉強してみたんだ。とりあえず、やってみるよ」

そう言って名取さんは式を出したが、一瞬で全てやられてしまう。

「名取さん…!」

「くっ…」

名取さんのもとに黒い祟り神の靄が伸びる。

「終ワリダヨ、坊ヤ」


「名取さん!!」


夏目が叫んだときだった。









「やれやれ、御月神よ。そんな姿になってどうした?」


場にそぐわない呑気な声が響いた。

それが、まるで暖かい光のように夏目には聞こえた。


「李葉…?」

夏目の呟きと同時に祟り神の黒い靄がするりと収まっていく。

やがて、人の形を取り戻した祟り神が李葉を見る。


「オオ…、オオ…!御影神ヨ!今日ハナント良キ日カ!オ前ニ逢エルトハ…!」

その言葉に李葉は顔をしかめる。

「御影神と呼ぶのはやめてくれ。“影”なんて陰気な名前好きじゃないんだ」

「ソウカソウカ、李葉。チョット待ッテオクレナ」


祟り神が初めて歪でない笑顔を浮かべた。



「今、コイツヲ喰ッテ、オ前ニモ力ヲ分ケテヤルカラナ」



次の瞬間、夏目の目の前が真っ暗に覆われた。




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