妖、戯れる。
ぱさり、と書き物をしていた紙の上に何かが落ちて的場は顔をあげる。
「また、あなたですか」
少しため息をついた的場にくすくすと笑って、私は窓から部屋へ滑り込む。
「土産じゃ」
言われて、落とされた物を見て的場は首を傾げる。
「これは…月見草…ですか」
白い花を手に持ってくるりと回せば、花びらから白く輝く粉が舞い散る。
「ただの月見草ではないぞ。十年、月の光を浴び続けたとっておきの月見草だ。万病の薬にもなる」
月見草は夜に咲く花。
真夜中に最も美しい色となる。
自慢げに言ってから私は少し俯く。
「…双子山で、坊に見せたかった花は、百年咲き続けた月見草の花畑だった。…見せようと思った時には、人間のゴミに押し潰されてしまっていたがのう…」
その言葉に、的場が薄く笑う。
「ああ。貴女が私を崖から突き落とす前の日のことでしたね」
「っ、…」
的場の言葉に私は小さくため息をついただけだった。
「のう、坊」
的場の部屋の障子を開いて、縁側に座りながら私は的場に言う。
「お前、私を探していた、と言っていたな。…なんで、今頃になって私を探していた?」
私の問いかけに、的場は書き物をやめて、正座していた足を崩した。
「おや?言いませんでしたか?あなたが、祟り神になったと思ったからですよ」
その言葉に私は首を振る。
「違うな。お前ほどの奴ならば、私の妖気と御月神の妖気の違いなど分かったはずだ。…なのに、お前は、私を…探してくれた」
今度はすぐには答えずに、的場は片膝をたてて壁にもたれる。
「…貴女である可能性も零ではなかった。…この答えでは不満ですか?」
嘲るような声に私はぐっと拳を握りしめる。
「…それとも、貴女に会いたくて探していた。…こう、言ってほしいんですか?」
「っ!それはっ…」
私は更に強く拳を握る。
「無様ですね」
先程までの声とは打って変わり、今度は冷ややかな声が部屋に響く。
「あなたほどの山神が、ただの子供だった私に執着していた?しかも、殺そうとした私に。笑い話にもなりません」
「坊…」
握っていた拳の力がすうっと抜ける。
「貴女は自分が人間だと嘘をつき、私を懐柔させ、殺そうとした。だから、私は妖を憎んだ」
淡々と言って、的場は頭をこつんと壁に預ける。
「…貴女だったからこそ、憎んだんです」
小さな呟きが聞こえずに、私は首を傾げたが、的場がその言葉を再び言うことはなかった。
その後、会話はなく、ただ二人で静かな夜を眠ることなく、共に過ごした。
「帰る」
空がうっすらと白く染まり始めたころに私はそう言って立ち上がった。
そんな私に、的場が顔を向ける。
「新月まで、あと2日ですよ」
「分かってる」
そう言った私に、的場が薄く笑いながら昨日の誘いをまたも口にする。
「李葉。私の式神になりませんか?式神になれば、貴女の力も戻り、夏目貴志を助けることも出来ますよ?」
その言葉に、私は苦笑する。
「的場よ。お前はまるでツキヨタケのようだ。暗闇の中、光で誘い、毒を食らわす。だがな、坊。式になるということは神にとって祟り神となるにも等しい最たる屈辱なのだよ」
そう笑って、的場の家を出た私は知らない。
残った的場が切なそうに顔を歪めていたことなど。
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