妖、忍び込む。
「静司…って的場さんのことかい?」
驚いたように言う名取の言葉にぶんぶんと頷いて、その子はばばっと周りの物を鞄に詰め込む。
「そうと分かれば長居は無用!この狸ちゃんがかかった呪いは一週間くらいしたら抜けるから!それまでは安静にしてあげてね!それじゃ!」
口を挟む隙もなくそう言うと、その子は嵐のように去っていってしまった。
「な、なんだったんでしょうか…」
夏目が呟くと、名取が苦笑する。
「まぁ、変わった子だから。ああ、それよりもようやく話が繋がった。双子山の山神の一人は李葉で、もう一人は祟り神になっていた。その祟り神を祓うために的場さんはこの町に来てたんだ」
名取の話に、夏目は頷く。
「そう、みたいですね。…あの、その双子山って、もしかして的場さんが小さい頃に住んでいた家の近くにあったりしませんか?」
そう尋ねると、名取は驚いたように夏目を見る。
「確かに、別邸が双子山近くにあったらしいけど…。どうしてそれを?」
「いえ、なんとなく…」
曖昧に答えて夏目は息をつく。
やはり、李葉の記憶に出てきたのは的場さんだったんだ。
だとしたら、昔の李葉への恨みがあって的場さんは祟り神退治を…?
「それよりも、夏目」
考えにふけっていたが、名取の言葉に夏目ははっと我に帰る。
「祟り神の言っていた新月の夜まであと4日。それまでにできることをしよう」
深刻な顔で言う名取に、夏目も真剣に頷く。
「祟り神祓いは専門じゃないとできないから、これから夏目には自分の身を守る術だけとにかく習得してもらう。私は的場さんにいろいろと掛け合ってみるよ」
しっかりと頷いた夏目の頭を撫でて、名取は優しく笑う。
「大丈夫。私も出来る限りのことをしてみるから」
その言葉に、夏目も微笑む。
「ありがとうございます、名取さん」
「のう、坊。お前、いつもこんな夜遅くまで起きてるのか?」
突然聞こえてきた声の方向を見た的場は呆れたようにため息をつく。
「祓い屋の家に堂々と忍び込む妖はあなたぐらいでしょうね。李葉」
言われて私はけらけらと笑う。
「祓い屋の家にしては結界が手薄じゃのう。ここまで来るのも楽だったぞ」
そう言えば、机で書きものをしていた的場は、かたりと筆を置く。
「それは、あなたの力があまりに小さすぎるから結界にも引っかからなかったんですよ。あなたもそろそろなのではないですか?」
冷ややかに笑う的場に、私はべっと舌をだす。
「ふん。力を節約してるだけだ。私ほどの者がそう易々と消えるわけがないだろう」
その言葉に、的場はそうですね、と笑う。
「あなたに勝手に消えられては困ります。あなたは、私が祓うのですから」
すっとこちらを見つめる瞳はやはり冷ややかで、私はため息をつく。
「昔はもっと可愛げのある奴だったのに…」
「そんないたいけな幼子を騙して傷つけたのはあなたでしょう?」
その言葉に、ふんっと鼻を鳴らして私はだまる。
二人の間に落ちた沈黙は不思議と重苦しくなく、外から聞こえる虫の声が涼やかに響いていた。
「…なぜ、ここに?あなたは夏目貴志といたのでは?」
沈黙を破ったのは的場で、その質問に私は眉をしかめる。
「…」
答えない私に、的場は薄く笑う。
「もしかして、彼にも嘘をついていたのですか?」
「!う、嘘ではない!何も…何も言わなかったのだ…」
「ほう。それは嘘をつくよりも酷なことを。流石は妖といったところですか」
的場の言葉に、私は拳をぐっと握り締める。
が、それすらも何だかむなしく、私は力を抜く。
「…やはり、私は卑怯なのだろうか。…何も言わずに、少しでも長く友人でいたいという私の願いは罪なのか?」
その言葉を的場は笑う。
「何を言ってるのか。あなたはそんな関係を友人だと思っていたのですか?」
的場の言葉が胸につきささる。
「―…まぁ、もっとも妖が友人だのなんだの言ってること自体私には理解出来ませんが」
「…もういい。帰る」
ぷいっと後ろを向いた時、的場が何かを思い出したようにああ、そうだ、と呟く。
「そういえば、その夏目貴志が御月神に目をつけられたそうですよ。新月の夜に喰われるとか。まぁ、あなたに言ったところで関係はないでしょうが」
「な…!」
驚いて振り返ると、的場が目を細めて笑っていた。
「おや。気になりますか?ですが、あなたには何も出来ないでしょう?それとも…」
的場が囁くように言う。
「私の式になりますか?私ならあなたを上手く使って夏目貴志を助けることも出来ますよ?」
その言葉に私はせせら笑う。
「神すらも式に下そうとは。強欲になったものだな、坊」
「あなた達妖に対抗するのに手段など選んではいられませんから」
その言葉を背中で聞きながら私は的場の家を後にしたのだった。
[ 22/28 ][*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]