妖、つきとめられる。
「あ、やかし薬師…?」
呟いた夏目を無視して、その子はすたすたと先生のもとに歩み寄る。
「あちゃ。これはまた見事に。祟り神の呪いなんか食べるもんじゃないよ」
先生の体をぺたぺたと触りながら、その子はぶつぶつと独り言を言っている。
「夏目、あの子は少し変わってる子だから気にしないであげてくれ」
苦笑する名取に頷いて、夏目はその様子を見守る。
「うーん。ツワブキとボウフウ…それから宋草を使って…芍薬の蜜も使えるな…。そうだ、鬼の涙を一滴…」
持っていた大きめの鞄から大小様々な瓶や葉、それらを乳鉢ですりつぶしながら混ぜていく様は、まさに薬師といえるもので、その見事な手際に思わず見入ってしまう。
「さて。にゃんこはあの子に任せて、夏目は少し私の話を聞いてくれるかい?」
名取の真剣な声に見入っていた夏目は慌てて居住まいを正して頷いたのだった。
「どこから話すべきか。とりあえず、ある昔話を聞いてくれるかな」
「昔話…?」
首を傾げる夏目に頷いて、名取は話し出す。
「昔、遠く東の地に大きな鬼のような妖がいたという。
その名を“月影”といった。
“月影”はその地で長く暴れまわっていたが、ついにある時、一人の祓い師によってその身と魂を真っ二つに割られてしまった。
やがて、その体は二つの山となり、魂はそれぞれの山に宿る山神となった。
山の名前を双子山。そして、二人の山神様はそれぞれ“月影”の文字をとって“御月神”、“御影神”と呼ばれ、祀られるようになった」
「双子、山…。確か、ニュースでやっていた…。最近開発工事が行われたとか」
夏目の言葉に名取が頷く。
「そう。だけど、その開発工事に携わった人達が次々と変死していることは知らないだろう?」
「変、死…!?」
さぁっと夏目の顔が青くなる。
「そうだ。祓い屋の間ではすでにもっぱらの噂だ。…双子山の山神様が祟り神になったと」
「じゃあ、さっきの祟り神は…!」
「双子山の山神様だろうね。どうしてこの町に来たのかは分からないけど」
「ちょっと待って下さい!あの祟り神は、李葉にすごく似ていました。じゃあ、李葉は…」
名取は小さくため息をつく。
「もう一人の、山神様だろう。そもそも、山神や土地神というものは、自分のいる山や土地を守るためだけの神様なんだ。その土地がなくなれば、一緒にその神も消えてしまう。そういう定めなんだよ。土地がなくなる前に己の意思でその土地を捨てれば放浪することも出来るらしいけど」
名取が眼鏡を片手で押さえて言う。
「…双子山がなくなってもうすぐ一年。こんなに長い間、土地がないのに存在できるのは祟り神くらいだ」
その言葉に、夏目が目を見開く。
「李葉は…李葉は祟り神ではありませんでした」
その言葉に名取は頷く。
「分かってるよ。でも、だからこそ、彼女はいつ消えてもおかしくない。どんなに力の強い神でも山を失った山神が存在出来るわけがないんだ」
「そ、んな…」
呆然と呟く夏目から目を逸らして、名取は続ける。
「実は、その祟り神退治に名乗りをあげたのが、的場さんだったんだ」
「的場さんが…!」
夏目が声をあげたそのとき
「げっ!なに!?この一件、静司が絡んでんの!?」
夏目よりも大きく声をあげたのは妖薬師の女の子だった。
[ 21/28 ][*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]