妖、逃げられる。


祟り神から逃げて、身を隠したのは名取さんが時々使っているという森の中のぼろ小屋。


「夏目、大丈夫かい?」

名取さんの問いに、夏目は息を切らしながらもなんとか頷く。

「ど、して、名取さんが…?」

切れ切れの質問に名取が少し困ったように首を傾げる。

「まぁ、話せば長いんだけど…簡単に言うと、的場さんを調べてたらあの妖に辿りついてね。少し様子を見てたら君が来たもんだから」

「そう、ですか」

名取の言葉に頷いた夏目は、はっと抱いていた先生を名取に見せる。

「せ、先生が!腹から靄が…!血が…!」

慌てふためく夏目に、名取は落ち着くように背中をさする。

「落ち着いて。だいたい様子は見てたから分かる。しかし祟り神にやられたとなると、私ではどうしようも…」

「そんな…!」

顔を青くする夏目を見て、名取はしばし考えこむ。

「…知りあいに、妖の怪我や病気に詳しい子がいるんだ。その子なら、祟り神の呪いにも詳しいかも…」

「本当ですか!?」

「いや、でも、気まぐれな子だから、今来てくれるかどうか分からないけど…。とにかく連絡を取ってみるよ。夏目はにゃんこの傷をこれで押さえといてあげてくれ。止血用の薬草だ」

渡された草を受け取って、夏目は先生の血が流れている横腹にあてて押さえる。

「先生…!先生、しっかりしてくれ!」

目を閉じたまま動かない先生に夏目は必死に語りかける。

「先生は俺の用心棒なんだろ?先生がいないと…」

ぐっと目を閉じて声を振り絞る夏目。

もしも、先生がこのまま死んでしまったら…?

止血をする手がカタカタと震える。

そのとき

「あ、ほう…、この私が、これしきの傷で…死ぬはずがなかろう」

「先生!」

うっすらと目を開けた先生に、夏目がばっと顔をあげる。

「私が、いないと、すぐお前は面倒事に、巻き込まれるから、な」

「何、言ってんだよ、先生。先生がいても結局巻き込まれてるじゃないか…」

先生が目を覚ましたことで、ほっとして思わず涙ぐむ夏目を鼻で笑って、先生は再び目を閉じる。

「もう少し、寝る…」

「ああ、先生。ゆっくり寝て早く元気になってくれ」

目を閉じた先生の頭をそっと撫でて、夏目は息をつく。




「夏目」

呼ばれて、夏目が振り向くと名取が微笑んで立っていた。

「例の子と連絡がついた。たまたま近くにいるみたいだからすぐ来てくれるらしい」

「よかっ…た。ありがとうございます、名取さん」

ほっとして肩の力を抜いた夏目に名取は首をふる。

「安心するのはまだ早い。祟り神の呪いは手強い。…まぁ、あの子なら何とかしてくれる気もするけど」

名取さんがそう言ったとき


「ちわー。妖薬師でーす」


まだ若そうな高い声が響いて、小屋の戸が開かれる。

そこに立っていたのは夏目と同じくらいの女の子、だった。




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