妖、呪う。


「夏目!」

先生の声とともにカッと光がほとばしる。

黒いものに呑みこまれそうになった夏目は我に返って必死にそれをふりほどく。

「せ、んせい」

けほけほ、とむせながら呼ぶと、先生が短い足で綺麗に地面に着地したところだった。


「むぅ。私の光で逃げぬとは…」


先生の鋭い視線の先にはにたりと張り付けたような笑みを浮かべる李葉に似た妖。

「先生、あいつは…?」

「安心しろ。あいつは李葉ではない」

夏目の問いに、目を逸らさぬまま答えた先生は唸る。

「だが、もっと厄介だ。あいつは…祟り神だ」

「た、たり…神?」

聞き返す夏目に先生が頷く。

「流石の私でも一筋縄ではいかん。足止めをするから夏目は逃げろ」

「そんな…!先生を置いて逃げるわけには…」

「阿呆!今はそんなことを言っている場合ではない!」

先生は怒鳴るが、それでも置いてはいけない。

そのとき

「ナツメ…?ナツメ、ソウカ、オマエガ夏目カ」

そいつが言葉を発するだけで周りの空気がざわりと揺れた。

「ニンゲンナンテ喰エタモンジャナイガ、オマエノチカラハ役ニ立チソウダ」

くすくす、と息の漏れる音が響く。

「ソコノ狸トイッショニ喰ロウテヤルワ!」

その途端、妖から黒い靄のようなものが飛び出してこっちへ向かってきた。

「ふざけるな!誰が狸だとぅ!?」

突っ込みどころが違うことを叫びながら先生が変化してその靄を食べる。

ほっとした次の瞬間

食べられた靄が先生の体を突き抜けた。


「!先生!!」

赤い血が飛び散る中、夏目はただ叫ぶことしかできなかった。

先生のはらわたを突き抜けた靄はまっすぐ夏目目がけて飛んでくる。

「!!」

目の前までそれが迫って夏目は思わず目をつぶる。

しかし


―ガキン…


予想していたものとは違う固い音が響いて、夏目はそろりと目を開けてみる。


「…!名取さん!」

自分の前に立ちはだかり、呪符を張り付けた棒で靄を防いでくれていたのは名取で、夏目は声をあげる。

「オノレ!恨メシイニンゲンメ!邪魔ヲスルナ!」

名取はぎりり、と力をこめて靄を防いでいたが、ちらりと夏目を振り返り早口に言う。

「夏目、さっきあいつの足元に術をかけておいた。一瞬しか足止めできないが、その隙ににゃんこを連れて一気に逃げる。私はこれを止めるので精いっぱいだから、君が術を発動させてくれるかい?」

「…はい」

その言葉に強く頷いた夏目に少し微笑んで、名取は呪文を小声で伝える。

「…いくよ。三つ数えたら、唱えてくれ。…いち、にの、さん!」


「影より生れし隠の者
 
 闇にたゆとう
 
 黄泉路の空舟よ
 
 眩き光に帰れ!」



―カッ!


「ギィヤァアア!!」

眩い光とともに、身の毛のよだつ絶叫が響き渡る。

その一瞬の隙に、招き猫の姿になって伸びている先生を拾って、名取さんと走って逃げる。


「小癪ナマネヲ!逃ゲラレヌゾ!新月ノ夜ニオマエヲ喰イニ行ク!逃ゲラレヌゾ!」


呪いの言葉のように、繰り返し叫ばれる言葉を聞きながら夏目達はその場を後にしたのだった。




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