妖、違える。
坊。
坊、見てごらんよ。
ここは、どこだろう。
声が聞こえるのに、姿が見えない…
綺麗な桜だろう?
きっと気に入ると思ったんだ
ひらひらと舞う桜の花びらが一面に広がる。
ああ、そうか。
この声は李葉だ。
これは、李葉の記憶…
ここの木苺はとっておきの私の秘密さ。
ふふふ。
この山で私に知らぬことはないぞ。
そうだ、もっと見せたいものがあるんだ。李葉がくすくすと笑う。
しかし、すぐに落胆のため息が漏れる。
…ああ、残念だ。
ここには綺麗な花が咲いていたのに。
捨てられたゴミに押し潰されてしまっているな。
なぁに。
またすぐに綺麗な花を咲かすさ。
また一つ、二つ季節が廻れば…
目の前に広がる綺麗な景色がぐにゃりと歪む。
緑、黄色、ピンク
それぞれが混ざり合い、色がとける。
次に見えたのは、小さな男の子の姿。
こっちを見つめるその子の目はとても冷たくて。
口元は笑っているのに、すうっとした寒気が背筋を震わせる。
「妖というのはいつだって卑怯で、自分勝手ですね」幼さの残る声がひんやりと空気を震わせる。
「僕は、妖が嫌いです。人を騙し、襲い、裏切る。李葉、あなたのようにね」
違う。
違うんだ、坊。
信じてくれ李葉の声が響く。
必死に、何度も何度も。
違うんだ
行かないでおくれ
一人にしないで
もう、私には何も残っていないんだ
待ってくれ
夏目…!「―め!―夏目!!」
突然耳元で響いて夏目はばっと目を開ける。
「せ、んせい…」
ぼやけた視界ににゃんこ先生を見つけて、夏目はほっと息をついた。
「また、夢を見たのか?…うなされてたぞ」
言われて、ぼんやりと目元を拭えば零れおちる涙。
耳には、李葉の声がこびりついたように離れない。
先程までの夢を思い出して、夏目はあ、と声を上げる。
「どうした、夏目?」
「あの男の子、…的場、さん?」
「?何の話だ?」
先生の言葉に、言葉に迷いながらも答える。
「李葉の、記憶を見たんだ。そこに、男の子が出てきたんだけど、その子…的場さん、だったと思う」
先生は少し目を開いてから、そうかと相槌を打つと興味がないというように丸くなってしまった。
「先生、そう言えば…李葉は?」
李葉を、的場さんから逃がそうとして…
どうしたのだったか。
先生に問えば、先生は目を開けずに答える。
「逃げたぞ。この町には的場がいるからどこか遠くへ。もう逢うことはないだろう」
「え…?」
「まぁ、それが最善だろう」
そう言う先生の言葉に、夏目は首を振る。
「李葉は、もう一人は嫌だと泣いてた…。俺を呼んでたんだ!」
夏目はばっと立ちあがる。
「む。夏目、どこへ行くつもりだ」
「李葉を追いかける!」
そう言えば、先生は怒ったように地団駄を踏んだ。
「分からん奴め!もう逢わんことがあいつと、お前のためだというのに!あ、待て、夏目!」
先生の言葉を背中で聞きながら、俺は家を飛び出した。
待ってくれ、李葉。
居てもいいんだ。
ここに居てもいいんだ、李葉…!
「…!」
がむしゃらに走っていたが、八つ原のあたりで、見知った後ろ姿を見つけた。
良かった。まだ行っていなかったんだ。
俺はほっとして声をかけた。
「李葉…」
その声にぐるりと振り返った顔は、確かに李葉で。
しかし、次の瞬間その顔に広がった笑みに夏目はぞくりと体を震わせた。
「オマエ、イマ、李葉ト言ッタナ…?」
今まで、いろんな妖に逢ってきた。
その中には邪悪な奴もいた。
けども、そのどれよりも歪な笑みが夏目の視界いっぱいに広がる。
「オマエ、李葉ノナンナンダイ?」
地の底から響くような暗い声が夏目を呑みこんだ。
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