妖、救出。
「李葉!!」
なつ、め…?
沈みかけた意識の傍らで確かに夏目の声を聞いた気がした。
幻聴ではないはずだ。
その証に、首を絞める的場の手の力が僅かに緩まる。
それと同時に意識も一気に浮上する。
はっきりした視界でとらえたのは顔を真っ青にさせた夏目の姿で。
彼は、一瞬ためらうように的場を見たが、次の瞬間には意を決したように顔を引き締めてこちらへ駆け寄って来る。
「李葉!こっちだ!」
的場が夏目に気を取られているその隙に、腕がぐいっと引っ張られて私は的場の手を抜けだす。
「先生!頼む!」
視界の片隅で、的場が式を出そうとしているのが見えたが、その前にブサ猫が立ちはだかる。
「悪いが、通させんぞ」
次の瞬間、強く風が吹いたかと思ったらブサ猫がでっかい獣に変わっていた。
なんだ、あやつ。
なかなか様になる姿じゃないか。
ぼうっと後ろを見ていたが、急かすように腕が引っ張られて夏目の存在を思い出す。
「夏、目、なんで、」
「いいから早く!」
はっきりとしない頭で、夏目に引っ張られるまま森の中を駆けた。
的場が追いかけてくる様子はないようだ。
ブサ猫ごときに足止めをくらっているのだろうか。
それとも、追いかけるほど私に執着はしていないのだろうか。
おかしなことに、それが何だかひどくさみしく感じたのだった。
「お姫様には逃げられたようだね、的場。妖ごときにあんたが遅れをとるとは」
木の上から降ってきた声に的場は驚くこともなく返す。
「覗き見か、七瀬」
「おや。せっかくの再会だと思って気をきかせてやったというのに。その言い草はないだろう」
飄々とのたまう七瀬に的場は、つい、と流し眼を送って口角をあげる。
「それにしても、この町は面白い。夏目貴志に、李葉か。興味が尽きないな」
その言葉に七瀬は肩をすくめる。
「怖い怖い。的場に興味を持たれたあの子達も災難だねぇ。…それで?」
七瀬の言葉に的場は首を傾げる。
「初恋のお姫様は諦めるのかい?」
的場は番傘をくるりと回して薄く笑む。
「まさか」
そう言った的場の目が細められる。
「必ず、この手で消してみせる」
くすくす、と七瀬が笑う。
「楽しそうだねぇ、的場。何年も探したかいがあったってもんだ。それじゃ、私も楽しく見させてもらおうとするかな」
笑いを止めない七瀬に呆れたように的場がため息をつく。
「七瀬。貴女も大概趣味が悪い」
「おやおや。それは心外だ。的場に比べたら私なんて可愛いもんだよ」
その言葉に、的場はああ、と頷いて空を見上げる。
「…そうかもしれないな」
先程までの逼迫した場に似合わない夏の爽やかな風がそよりと的場の長い髪を揺らしたのだった。
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