妖、再会。



「探しましたよ」

ぞくりとするほど冷たい声が聞こえたのは、強い日差しとうるさく鳴く蝉の声にうんざりとしていた夏の昼下がり。

木陰を求めて森へと歩いていた町外れの小道に突然強い風が吹いた。

風に煽られてざわざわと揺れる木の葉の音がやけに耳についた。


「…っ、坊?」


暗い森の中から現れた人影に、私は呆然と呟く。

「おや。覚えていてくれていましたか」

番傘をくるりと回す彼の顔に昔の面影が重なる。

なんてことだ。

彼が、会いに来てくれた。



「坊…!久しぶりじゃないか!生意気そうな面は相変わらずだな!」

昔と同じように彼の頭を撫でまわそうとした腕が、ぱしりと掴まれる。


「坊?」

「貴女の方は、随分と変わってしまったみたいだ」

怪訝に首を傾げた私にほほ笑む彼の目は声と同じく冷たいままで。
こんなに冷たく笑う奴だっただろうか。


「こんなに力が衰えているとは」

次の瞬間、ばちり、と音がして腕に鋭い痛みが走った。

顔をしかめて腕に目を向ければいつの間にか札で拘束された両手。

「坊、何のつもりだ」

自然と声に剣が増す。


「この状況を見て分かりませんか?」

彼は両目を細めて顔を近づかせる。

「私は、あなたを祓いにきたんですよ」






「…ふん。相変わらず、妖嫌いな奴め。それとも、私を祓おうとするのは依頼か?的場」

久しぶりの再会だというのに早速これか。

見下したように言ってやれば、的場は顔色を変えずに頷く。

「まぁ、そんなところです。双子山の開発工事に携わった者が次々と急死していましてね。祟りじゃないかとうちに依頼がきたんです。調べてみるとあなたとよく似た妖力が残されていました。身に覚えは?」

試すような口調にむっとしながらも私は答えてやる。

「ないな」

「そうですか。では、やはりあちらの方ですか」

「そうだろうな」

さらりと受け流した的場の言葉に私は呆れる。

最初から向こうだと分かっていて仕掛けて来やがったな。


…それにしても。

私は“あちら”の奴のことを思って笑みを浮かべる。


全く、馬鹿な奴め。山を失い、別れてから何をしているかと思えばそんなことをしていたのか。
今更、山が戻って来るわけでもあるまいに。

くすくすと笑いを漏らしていると、不意に的場が顔を近づける。

「では、ついでに貴女も祓っておきましょうか。あいつみたいにいつ人を祟るか分かりませんしね」

そう言った的場の表情は読めなかった。




「笑えん冗談だな」

私の言葉に的場は方眉を上げる。


「そうでしたか。私としては冗談を言ったつもりなどなかったんですが」

薄く笑みを浮かべる彼に、私は不機嫌に言い返す。

「お前なんぞにこの私が祓えるわけがなかろう、うつけが」

「それはどうでしょう。土地を失った土地神は神殺しにはなりませんし、今の貴女なら、簡単に祓えそうだ」

そう囁いた的場の手が私の首に伸びる。


「!!がっ、は…」


掴まれた瞬間、ぐらりと目眩がする。

首からじんわりと身体を内から溶かすような熱が広がり、苦痛に思わず顔をしかめる。

「ほら。少し力を加えただけで苦しいでしょう?」

表情を全く変えずに言う的場を、私は睨む。

「おのれ…!この私にこんなことをしてよもやただで済むとは思うていまいな」

いくら心の広い私だとはいえ、ここまで悪ふざけがすぎては本気で怒るぞ!

声を荒げると、首にかかる力がぎりり、と強まる。

思わず、自由を奪われた両手で彼の胸を押し返そうとするが、細い体をしているくせにびくともしない。

「…っぁ…、はっ…」

まるで毒に侵されたように頭がしびれる。

力が全く沸いて来ない。

この程度で、情けない。

このまま、私は消えるのか。



ぼやけた視界で捕らえた彼はなぜか僅かだが泣きそうに見えた。

見間違い、だろうか…。

だが、その泣きそうに歪められた顔は、昔のまんまだ。

掠れていく意識の中でぼんやりとそう思った。





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