妖、海に行く。



李葉、君は―



「夏目。あの子は得体が知れない」


そんなものが近くにいるなんて、気味が悪いだろう?



「あいつ、妖の匂いがするぞ。気をつけろ」


先生、でも、李葉は…―


妖なんて、嫌いだ


違う。

妖も同じものを見て、同じように心を揺らすのだと知ったのだから。



良い妖ばかりではないよ


それも知っている。

だけど、俺は


信じてみたいんだ


俺の友人を―…







「夏目!」


陽だまりの中、君が笑って手を振っていた。


その姿がぼんやりと透き通っているように見えて、目を凝らす。

しかし、そう見えたのは一瞬で、今のは目の錯覚なんだろうと特に気にはしなかった。


「李葉。今日はいつものところじゃないんだな」

李葉がいたのはいつもの中庭ではなく、人気のない校舎の隅だった。

たまたま体育の帰りに見かけたから知っていたものの、普段だったら気付かなかっただろう。

不思議に思い、そう問えば李葉は何だか寂しそうに笑った。

「夏目、夏は海に行かないか?」

質問に答えることなく、李葉はそんなことを言ってきた。

突然の言葉に戸惑うが、李葉の顔を見て頷いてしまった。

君の横顔が、泣きそうに歪んでいたから。






「すごい!海は青いんだな」

李葉の言葉に俺は笑う。

「海の青いのは、空の青が映っているからなんだって」

そう教えてやれば、李葉はふぅん、と分かったのか分かっていないのか生返事を返してくる。

「夏目!ちょっと行って来るぞ」

そう言って李葉は白い砂浜を駆けていく。

いつもの見慣れた制服のスカートがひらひらと潮風に翻る。

しかし、李葉の駆けた後の砂浜に足跡が残ることはなかった。






振り返ると、夏目とブサ猫がこっちを見ていた。

夏目に手を振ってから、私は波打ち際に腰をかがめる。

間違ってもブサ猫に手を振ったのではない。


寄せては返す波が、足元の砂をさらっていく。

そのきらきら光る水をどうしても手におさめたくて、私は両手を水に沈めた。

しかし、掬いあげようとした手のひらに水がとどまることはなくて。

少し透けた手を水はただ通り抜けていく。


それが何だかひどく残念で、私はため息をついた。

その時、ふと影が差したかと思うと、水を掬おうと合わせていた手のひらに何かがころりと落とされた。

「これは…?」

手のひらに収まった、小さな白いものに私は首を傾げる。

「さっき、そこで拾ったんだ。綺麗な貝殻だと思って。いるか?」

「ほう」

そう笑った夏目の言葉に私は頷いて、それを陽にかざす。

「くれるというならもらっといてやるぞ」

そう言えば、夏目は苦笑して頷く。

「李葉にやるよ」

その言葉が何だかこそばゆくて私はふふ、と笑う。

「綺麗だな。すごく、綺麗だ」

私は目を細めて青い海の遠くを見つめる。



この世界が、とても、綺麗だ。

名残惜しいほどに。





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