妖、花を見る。
「おお」
山について思わず感嘆の声が出た。
一面の桜色に久しぶりに胸がときめく。
「李葉。シート広げるからそっち持ってくれ」
夏目に言われて、シートを桜の木の下に広げる。
それに皆で座って、途中で買った菓子や飲み物を出した。
「おい!夏目、酒はないのか!」
そんな中、ブサ猫だけが怒ったように地面を叩く。
「先生、真昼間から酒は控えた方がいいぞ」
夏目のもっともな意見にブサ猫は文句を垂れていたが、それを横目に、私はシートにごろりと寝そべって桜を眺める。
いつかのように妖の邪魔が入るわけでもない、穏やかな時間に私は満足して微笑んだのだった。
しばらくそうしていたのだが、突如腹に衝撃を感じて私は目を剥く。
「おのれ!何をするか、ブサ猫め!」
腹に目を向ければ、真っ赤になって酔っぱらったブサ猫がいた。
その手には酒瓶。
いつのまに手に入れたんだか。
しかし、確かにこの花見はどこか物足りない。
ここは一つ花見酒といくのも良いかもしれない。
「よし。その酒をわけろ」
そう言ってブサ猫の手から酒を取ろうとするが、ひょいっとかわされる。
逃げたブサ猫を更に追うが、またも避けられる。
「くそっ!あくまで私に渡さぬつもりだな!?それならば何としてでも奪ってやる!」
のらりくらりと逃げるブサ猫を追って、私は夏目達のいる桜の木から遠ざかっていったのだった。
「夏目。李葉は…、どういう子なんだい?」
名取の突然の問いに夏目は首を傾げながらも答える。
「どうって…。ちょっと変わってるけど良い子だと思いますよ」
その返答に名取はそうか…と考えこむ。
「李葉が…どうかしたんですか?」
夏目の訝しげな顔をちらっと見てから名取は迷うように口を開く。
「実はね…的場さんがこの街に来ているらしいんだ」
その言葉に夏目が、えっ!と驚いて顔を青くさせる。
「どうも…仕事のようなんだけど。この街に大物がいるということなんだがそんな妖気は感じられないし、もしかしたらいつかのときみたいに人に成り済ましているほどの妖なんじゃないかと…」
「それで、まさか李葉を疑ってるんですか…?」
夏目の固い声に名取は空を仰ぐ。
「すまない。以前のこともあるし、君の友人なら私が出る幕ではないのかもしれないが…どうも彼女は得体がしれない」
「そんなっ…」
名取の言葉に夏目は言い返そうとするが、ぐっとこらえて名取を見据える。
「彼女は、俺の友人です。確かに、よく分からないところもあるけど…、それでも、悪い奴じゃない」
そんな夏目を見て、名取はふっと笑う。
「…そうか。じゃあ、私も今回は様子を見よう。まだ、彼女が妖だと決まったわけでもないしね。的場さんにはくれぐれも気をつけて」
名取の言葉に夏目は頷く。
「はい。…ありがとうございます、名取さん」
「捕まえたぞ!丸いくせに妙にすばしっこい奴め!」
ようやく、ブサ猫を捕まえた私は疲れてその場に仰向けに寝転がる。
「まったく。私をこんなに走らせおって。そのうえ、酒は無くなっておるし」
いつの間に飲み干したのか。
空の瓶を私は振って私はため息をつく。
その時、酔っ払って真っ赤だったブサ猫がふと鼻を動かして私の臭いを嗅ぎはじめた。
「お前、どこかで妖に会ったのか?」
しばらくふんふん、と臭いを嗅いでから言った言葉に私は首を傾げる。
しかし、ブサ猫の次の言葉にはっとする。
「お前から妖の臭いがするぞ」
まぁ、知らぬうちにどこかで会ったんだろう、とブサ猫は自分で納得し、寝息をたてはじめた。
そんなブサ猫をちらりと見遣って、私は仰向けのまま手の平を空へ伸ばす。
その手が一瞬ゆらりと揺らいだのを見て、そうか、と私は息をつく。
見上げた空は変わらず青く、桜の色がよく映えていた。
耳を澄ませば、春の訪れを知らせる鶯の囀りが聞こえる。
ああ。
色づく世界は、こんなにも美しい。
もうしばらく。
もうしばらく、この日々が続くように。
私はその手を儚い願いとともにぐっと握りしめて目を閉じたのだった。
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