妖、訝しむ。
夢を見た。
ひどく暖かくて、辛い夢を。
あれから幾度の季節が廻ったのだったか覚えていない。
あの子と過ごした日々はあんなにも鮮明だったというのに。
「李葉」
夏目の声に、はっと我に返る。
少し物想いにふけってしまっていたようだ。
「なんだ、夏目?」
ごまかすように問えば、呆れたように夏目はため息をつく。
「聞いてなかったのか?今週から桜が見頃らしいから、にゃんこ先生が花見をしたいって言ってるんだ。一緒に行かないか?」
その言葉に私は笑う。
そうか。
春が来たのか。
また私の世界は鮮明に色づき始めたみたいだ。
「じゃあ、学校が終わったら校門で待ち合わせな」
そう言って教室へ戻っていく夏目を見送って私は空を見上げる。
学校が終わるまでにはしばらく時間がある。
さて、暇つぶしにブサ猫でもからかいに行くか。
慣れた妖気をたどっていけば、茂みの中でガサゴソと動く丸い物体を見つけた。
相も変わらずふざけた尻だ。
その丸い尻をうずうずと左右に振ってブサ猫は雀に飛びかかろうとしていた。
「おい。ブサ猫」
それを待たずに私はブサ猫に声をかける。
その途端、地面をつついていた雀達は一斉に飛び立っていった。
「ああ!おのれ!また貴様か、暇人め!雀が逃げていってしまったではないか!」
「ふふん。狙ってやったのだ」
そう言えば、ブサ猫はガァッと飛びかかって来るからそれをひょいっと避ける。
そうすれば、いつものようにブサ猫は地面にぶつかって――
「おや。猫ちゃんじゃないか」
ぶつからなかった。
何だ。つまらない。
ブサ猫はどうやら運よく後ろを通りがかった人に上手く受けとめられたようだった。
「む。名取じゃないか。何だこんなところに。また夏目に厄介事をもちこむつもりか」
ブサ猫が鼻を鳴らすが、そいつは然して気にした様子もなく笑む。
「たまたま近くに寄っただけだよ。それよりも、そちらの娘さんは?」
どうやら、君と仲が良いみたいだけど…と、そいつは私を見る。
「む。こいつか?こいつは李葉。夏目の友人だ」
それを聞いた名取が少し目を見開く。
「へぇ。夏目にこんな可愛い友人がいたとは」
そう言って、そいつは帽子と眼鏡を取ってほほ笑む
。
「初めまして。名取周一といいます。夏目君の友人だ」
なんとも胡散臭い笑顔だ。
私はちらりと名取を見やってから、その腕からブサ猫を奪い返す。
「妖を式に使う奴は気にくわん。行くぞ、ブサ猫」
「…へぇ。まだ出してないんだけど気づいたか。流石夏目の友人、というべきか。力は随分と強いみたいだね」
名取はそう言って、すっと目を細める。
「―…ところで、まだ今は学校の時間のはずだけどこんなところにいていいのかな。サボりか…もしくは、実は人の子じゃなかったりして」
その言葉にはっとするが、何かを言い返す前にブサ猫が口を開く。
「あまり、こいつをからかってくれるな。夏目に嫌われるぞ」
そう言われると、名取は肩をすくめて苦笑する。
「それは困る。変なことを言って悪かったね。少し妙な噂を聞いたものだから」
「妙な噂…?」
聞き返したとき、遠くで鐘の鳴る音が聞こえた。
「む。もう時間か。夏目と花見の約束をしているんだった。行くぞ、ブサ猫」
名取の言葉は気にかかったものの、夏目との約束の方が大事だったため、私はブサ猫を小脇に抱えて学校に向かって走ったのだった。
「やぁ、李葉…と、にゃんこ先生も一緒だったのか。……って、名取さん!?」
夏目の驚いた声に私も驚いて振り返る。
「な、なんで貴様もいるのだ!」
後ろでにこやかに佇んでいる名取を見て、思わず声を荒げた。
「久しぶり、夏目。花見だって聞いたから一緒させてもらおうと思ってね」
相変わらず笑みの絶やさない顔に夏目はため息をついてから笑った。
「いいですよ。大勢の方が楽しいですし。な、李葉」
言われて、私は僅かに顔をしかめたが頷く。
「まぁ。夏目が良いと言うなら」
こうして、三人と一匹で桜を見に山の方へ向かったのだった。
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