妖、振り返る。



「良かったのか?李葉。呑みたかったんだろう?」

夏目が心配そうに聞いてくるが、私は首を振る。

「いいさ。またいつか手に入るのを待つことにするよ」

そう言えば夏目はふわりと笑う。

「妖に優しいんだな、李葉は」

「そうではない。ただ、見捨てて呑んだ酒など美味く感じられないと思っただけだ」

そうか、と相槌をうつ夏目に私は逆に問う。

「夏目は?」

うん?と聞き返す夏目に言葉を足す。

「人の癖に妖と随分仲が良かったではないか。妖が好きなのか?」

そう聞くと、一瞬驚いたように夏目は目を見開いてから複雑そうに笑った。

「好きには、なれないよ」


「そう、なのか?」


夏目は妖が好きでは、ない?


「ああ。…でも―…」

その先は耳鳴りがひどくてよく聞き取れなかった。


そうか。

夏目は妖が好きではないか。

妖が見える人の子は皆、そう言う。

昔、山で会ったあの子も。

夏目も、私が妖だと知ったら嫌うのだろうか。

友人だと、言ってくれなくなるのだろうか。


ああ、それならば、偽りでも良い。

どうか、今のままで。




独りはさみしいから。







「こんな山の中でどうした、坊主」

私の山でたまたま見かけた子供が泣いているのを見て私は声をかけた。

思えば、人と話すのなど久しぶりだ。

いや、今や私を見ることの出来る者など滅多にいないから私の声が届いているのかは不明だが。

そんなことを思いながら、その子の頭を撫でてやるとその子は泣くのをやめて私を見上げてくる。

「…お姉さんは、誰ですか?」

外見に似合わずだいぶ大人びた口調だ。

それよりも、私の声が届いたことに私は内心驚く。

「この山に住んでる李葉という。それよりも何で泣いてた?」

そう問えば、憮然とした顔でその子は見上げてくる。


「あなたには関係のないことです。そして、恐らく理解もできませんよ」

その言い方が少し気に障って私はその子の頬をつねる。

「生意気な餓鬼だ。そんなに尖らずにもっと笑え。そんなんじゃ生きててもつまらんだろう?」

「な、にをするんですか。やめてください」

「やめるものか!ほれ、もっと面白い顔にしてやるぞ」


そうして、その子と出会った。


それからその子はよく山に来るようになり、夏には蛍を見に行き、春には桜を見た。


「ねぇ、李葉。千年酒って知っていますか?なかなか手に入らない長寿の酒なんだそうですよ」

「とても美味らしいですから、いつか飲んでみたいですね」

そう言ってあの子は笑った。


少しずつ見せ始めた笑顔が何だかとても嬉しかった。

しかし、ある日。

その子はとても冷たい笑みを浮かべて私に言った。

妖だったのですね、と。


そして、その子は二度と私の前に現れなかった。


やがて、山がなくなり、私は独りになったのだった。





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